ハードエイト/マグダレンの祈り/ワイルド・アパッチ

a)『ハードエイト』(ポール・トーマス・アンダーソン
b)『マグダレンの祈り』(ピーター・ミュラン)
c)『ワイルド・アパッチ』(ロバート・アルドリッチ

a)『ブギーナイツ』の前に撮ったP.T.Aのデビュー作。個人的には彼の作品の中では一番好きかも。この後に撮った『ブギーナイツ』、『マグノリア』、『パンチドランク・ラブ』のいずれも野心が透けて見え、あざとい感じが拭えないのに対し、この作品ではB級映画を正攻法で撮っており、その心意気やよし(ただし個人的には『パンチドランク・ラブ』は好きだし、『マグノリア』も文句がないわけでもないが嫌いではない)。友人の一人がこの作品を「優等生の映画」だと言っていたが、果してそうか。むしろ王道を歩んでいるように思えるのだが。世間では彼を「天才」扱いしているようだが、そんなことを言うのは映画的教養のない人だけだ。この程度のレベルで「天才」ならば、映画史は天才だらけである。むしろP.T.Aの資質は、こういう「普通」の映画をキチンと撮れるところにあるのではなかろうか(まあ「普通」といってもいろいろあるが)。これ以降の彼はそこから無理に脱皮しようとしているように見える。
初老のギャンブラーを演じているフィリップ・ベイカー・ホール以下、彼の作品ではお馴染みのジョン・C・ライリーも含め役者が皆、素晴らしい。グウィネス・パルトローがこんな魅力的な女優だと今回初めて気が付いた(他のも観てみようっと)。
なおDVDには、P.T.A氏がおそらくプレゼン用にサンダンスでビデオ撮りしたこの作品の三つの主要場面の映像がついており(まあ映画美学校におけるビデオ課題のようなものか)、それを本編と比較すると、彼がどのようにそれらの場面を発展させていったかが分かり興味深い。またこの段階ですでに主役の二人は決定してしたことも分かる。
b)ヴェネチア映画祭で金獅子賞を獲ったイギリス・アイルランド合作映画。まあ思っていたほど悪くはなかったが、だからといってそれほど良くもない。この程度で金獅子賞を獲れてしまうのだから、ヴェネチアなんてチョロいもんである。参考までにこの十年間の金獅子賞受賞作品を調べてみたが、碌なものではなかった。
最後に修道院を脱出して、アイルランドからイギリスへと逃げる女がもう一人の女に尋ねる。「リバプールってイギリス?」この一言がこの物語を要約している。時代設定は1960年代中盤である。つまりこの女たちは、それほど外部から隔絶されていたわけだ。実際、この映画にはJFKの写真は出てきても、ビートルズのビの字も出て来ない。
c)真の傑作というのはこのような作品のことを言う。この作品の前では「天才」だの「金獅子賞」だのといった戯言は一瞬にして吹き飛ぶ。そう、彼らにはアルドリッチが持っていたような「残酷さ」が欠けているのだ。「天才」という言葉は彼のような人のために取っておくべきで、やたらに乱発するものではない。
アリゾナのインディアン居留地からアパッチたちが夜の闇に紛れて脱走する。フィルムは彼らが盗み出す馬の黒々とした影が画面を次々に横切っていくところから始まる。
騎兵隊が追跡に当たり、経験の浅い将校がそのリーダーとなる。初の大仕事に彼は嬉々としている。まだアパッチの恐ろしさを知らないからだ。アドバイザーとしてバート・ランカスターと相棒の元アパッチ、ケニティが同行する。アパッチたちは、グリフィス以来、数多くのアメリカ映画の中で殺されていった仲間たちの怨念を一身に背負い、この映画一本でその全ての復讐を果そうとするかのように、道行く先で出会った白人たちをあまりにも酷いやり方で拷問にかけ、レイプし、殺していく。このような残忍なインディアンを他のアメリカ映画で観たことがない。
夫を農場に一人残して、息子と馬車に乗って砦に逃げていく女性が、アパッチに襲撃される。その少し先にいた騎兵に助けを求める。騎兵はアパッチの姿を見て一目散に逃げようとしたが、躊躇して戻ってくる。彼はピストルを取り出し、馬上からアパッチを撃とうとするのかと思いきや、弾丸はその女性の額を貫く。彼は子供を抱えて逃げるが、完全武装しているアパッチに馬を狙い撃ちされ、地面に転げ落ちる。アパッチが近づいてくると、恐怖にあらわにした彼は拳銃を口にくわえ、自分の頭をそれで撃ち抜く。
物語前半に描写されたこのシーンだけで、彼らがいかに残忍で、白人に恐れられているかが分かる。実際、彼らはこの白人が自殺しただけでは飽き足らず。ナイフを取り出すと、寄ってたかってその屍体を八つ裂きにし、中から心臓を抉り出すと、楽しげにまるでラクビーボールで遊んでいるかのように、放り投げて喜びの声をあげているのだ(この一連の描写は昨今の見せ物的な映画とは異なり、少し引いた位置からロングの固定画面で撮られている)。
このアパッチたちはゲリラ戦法を得意としていて、その戦いぶりはまるでベトコンである。拷問の仕方もやはり残酷で、男を樹に縛り付け、その前で焚き火をして火あぶりにするというものだ。もちろんその過程はこの映画では描かれず、もっぱらその結果としての屍体が映し出され、私たちに彼らの拷問がどのようなものだったかを帰納的に推測させるようにしている。顔の前面が焼けただれ、目は潰れ、腹が真っ赤になっている屍体も引きの画面で見せてはいるが、やはりかなりショッキングである。そしてアメリカ映画がこの当時、後戻り不可能な地点に来てしまったことを予感させる。
長い道のりを馬に乗って行かなくてはならず、馬を疲労させないために、逃げる方も追う方もひどく緩慢なリズムで進んで行く。その際に、この作品では二つの視線のあり方が区別されている。一つは地面を間近からくまなく見つめる視線、もう一つは遠く離れた距離から双眼鏡を介して眺める視線。前者を「解読する視線」、後者を「観察する視線」と呼ぶこともできよう。
解読する視線は、バート・ランカスターとその相棒のケニティによって担われる。彼らは普通の人間には知り得ない大地の微細な表徴を読み取るエキスパートである。大地には秘密があるが、それは隠されているわけではなく、しかるべき者によってその意味を十全に開示するような仕方で表層に露呈している。そして二人は地面にじっと視線を注いでは、犬の頭蓋骨、馬糞などから、アパッチとの距離やその進行方向などをずばりと当ててしまうのだ(見ている間、ドゥルーズの『プルーストとシーニュ』を想起した)。
一方、観察する視線はアパッチたちによって担われる。例えばジョン・フォードの映画にも、平原を行く騎兵隊あるいは開拓民たちの馬車の群れと、崖の上から虎視眈々とそれを狙っているインディアンという構図は頻繁に登場するが、その場合、インディアンたちはやや仰角ぎみに捉えられたフルショットないしはロングショットという形で提示される場合がほとんどだったと思うし、彼以後に西部劇を撮った映画作家たちも基本線は変わっていなかったような気がするのだが、この作品においてアパッチたちは双眼鏡を手にしており(追う側の騎兵隊ももちろん双眼鏡を持ってはいるのだが、それが使われることはない)、しかもアパッチの双眼鏡を介した「見た目ショット」(!)が登場するのだ(それが双眼鏡内の映像であることを示すために黒く縁取りされている)。ひょっとしたら私が知らないだけなのかもしれないが、このような「見た目ショット」の使用(もちろんインディアンの主観という意味での)はアメリカ映画史上初めてなのではないか。これにはかなり衝撃を受けた。*1
そして、この双眼鏡は物語的にもかなり重要な位置を占めている。というのもこれまで頑に騎兵隊によって使用を拒否されてきたこの光学器具が、将校の手からケニティの手に渡された直後の場面で、敵のアパッチの双眼鏡の反射をケニティからの合図だと誤解した将校は、それによって作戦を誤り、味方から多大な犠牲者を出してしまうからだ。そしてバート・ランカスターもこの戦闘によって致命的な重傷を負ってしまう。また何人かを殺すことはできたが、大半のアパッチも逃がしてしまう。ただ幸いなことにアパッチの首領だけは討ち取ることができる。ただしそれも同じアパッチ出身のケニティによるものであって、白人たちはそれに一切関与していない。
瀕死のランカスターに向かって若い将校は自分の失策を謝罪する。それに対して彼は答える。「自分で判断したことだ。それに耐えて生きろ」果して現代のアメリカ合衆国の戦争指導者および日本の首相にはこの覚悟があるのか。
                 *
今日は「牛丼最後の日」ということで、ギンレイホールに映画を見に行くついでに吉野屋に行ったが、時すでに遅く、「販売終了」の貼り紙が。人間、無いと分かると急に欲しくなるのが人情で、映画を見ている間中、牛丼のことが頭を離れず、どこに行けば食えるか、飯田橋店は小さいからストックも少なかったに違いないなどということばかり考えていた(←バカ)。秋葉原ならどうかと思い、帰りに途中下車するがやはり貼り紙が。ついでに昨日、火事になったヤマギワソフト館でも見学して帰ろうと思い、中央通りを上野方面に向かって歩く。うわーっ凄い。ヤマギワだけじゃなくて隣のミスタードーナツまで焼けている。文字通り近所迷惑だな。アホなカップルが写メールで現場を写していると、おまわりさんがメガホンで「不謹慎です。止めなさい」と警告していた。ついでに牛丼を求めて上野まで歩くことに。やはりどこもSOLD OUT。悔しいので代用品として松屋で牛丼を食べた。だが二時間前にベーコンエッグバーガーを食べたばかりだったので、あまり旨くなかった。

*1:実は『インディアンと子供』(1908、D・W・グリフィス)ですでに使われていた(!)のだが、この時はまだ未見だった。2008/07/28 追記