昆虫と死

hj3s-kzu2004-03-27

a) 『Fire of Waters』『The Dead』『Thigh Line Lyre Triangular』『he was born,he suffered,he died』『Mothlight』『夜への前ぶれ』(スタン・ブラッケージ
b)『An Avant-garde Home Movie』『Nigtcats』『Loving』『Cat's Cradle』『Wedlock House: An Intercourse』『思い出のシリウス』『Pasht』『窓のしずくと動く赤ん坊』(スタン・ブラッケージ
c)『ダムド・ファイル 0【エピソードゼロ】』(万田邦敏
a)『Thigh Line Lyre Triangular』『he was born,he suffered,he died』『Mothlight』と立続けに美しい作品を見せられて、もうノックアウト。ブラッケージ最高!と言ってしまいたくなる。この三本はひたすらに美しい。美しい美しいと繰り返してまるで阿呆みたいだが、そうとしか言えないんだもの、実際。『Thigh Line Lyre Triangular』は妻ジェーンの出産シーンがペインティングされスクラッチされた映像の中から垣間見える。剃毛されむき出しにされた彼女の女性器は、これまで映画の中で撮られた女性器の中で(といっても我が国では検閲によって女性器をおおっぴらにスクリーンに映し出すことは禁じられているのであくまで推測でしかないが)最も美しい女性器なのではないだろうか。そして徐々にそこから赤ん坊の頭部が出てくる。この主題はこの作品に先立つ『窓のしずくと動く赤ん坊』ですでに出て来ているが、時にピンぼけになり、時にフィルムに付けられた傷によって見えなくなったりする『Thigh Line Lyre Triangular』の映像の方が美しい。そして『he was born,he suffered,he died』の明滅する渦巻を挟んで、『Mothlight』の美しさといったら!この作品の素晴らしさについては実際に目で見て確かめるしかない。蛾の羽や葉っぱをフィルムに貼付けて再撮影しただけの作品がどうしてこれほどまでに美しいのか。ブラッケージの作品は『DOG STAR MAN』以前以後という区分が可能だと思われるのだが、この三本は同時期ないしは以後の作品。これらに共通して言えるのは、作っている本人の意図を超えたものがスクリーンに映し出されているということ。ブラッケージ自身もたぶん『Mothlight』を初めて見た時には驚いたのではないだろうか。これらの作品に比べると『DOG STAR MAN』以前の作品である『夜への前ぶれ』はかなり退屈な映画で弛緩した印象を与える。数カット、いいところがあるのだが、構成に難あり。
b)『An Avant-garde Home Movie』と『Wedlock House: An Intercourse』が良い。『An Avant-garde Home Movie』はほぼ全カット多重露光(時には三重、四重までやっていると思われる)からなり、こういう時のブラッケージの作品は本当に魅力的だ。『夜への前ぶれ』や『思い出のシリウス』などを見ても分かるように、ブラッケージという人は決定的なショットを撮れない人なのだと思う。これは映画作家としては致命的といえば致命的なのだが、おそらく本人もそうした自分の資質に気づいていたのであろうか、それを補うものとしてスクラッチ、ペインティング、アウトフォーカス、多重露光といったような技法を開発していったのではないか。だがそうした彼の資質に感謝したいと思う。おかげで『Mothlight』のような前人未到の美しい作品が生まれたのだから。『Wedlock House: An Intercourse』は蝋燭の火が揺らめく画面が、時に怪奇映画のようであり(蝋燭を持って廊下を移動するジェーン)、時にフィルム・ノワールのようでもある(蝋燭を廻して煙草に火を付ける二人)モノクロームの映像から成っている。なお3/20の日記も参照のこと。
c)脚本は井川耕一郎氏。傑作『寝耳に水』(井川耕一郎)との共通点がいくつか見られる。まず『ファーブル昆虫記』から、そこに潜む「死」のモチーフを取り出して、発想の核に据えていること。そして生者と死者を繋ぐものが奥へと人を誘う「穴」であること。そして両者が出会う時にはそこに火があること。「あのトンネル」とは、やはり同じ演出・脚本コンビによる「第2話 伊勢宮トンネル・足助町」に出て来たトンネルであるが、前回すでにそうであったように、今回も安物のカッターナイフが禍々しい。そしてクライマックスで野村宏伸が後ろ手に隠し持つハンマーを目にする瞬間、恐ろしいのは幽霊ではなく人間の方なのだと戦慄させられる。ハンマーが降り下ろされ血に染まる純白のシーツの中から、幽霊ではなく、現実に生きている方の子供が死体となって出て来たらどうしようと考えて恐くなった。「こわれゆく女」を演じているのは南野陽子。彼女は年齢を重ねてアイドルだった頃より一層美しくなった。スクリーンでも彼女を見てみたい。
なおこの「ダムド・ファイル」、万田氏はこの作品の他に第1-4話、第21-23話を演出しており、今のところ、最も次回作が待たれるこの映画作家の作品が見られる唯一の機会である。

ダムド・ファイル 0【エピソードゼロ】 [DVD]

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