映画への不実なる誘い

a)『國歌 君が代』『おい等のスキー』『おいらの野球』『かうもり』『猿正宗』『タヌ吉のお話』『驢馬』『狼は狼だ』『春』(村田安司
b)『水俣病―その30年―』(土本典昭
蓮實重彦氏の新刊『映画への不実なる誘い』が発売された。早速、購入して読みはじめる。せんだいメディアテークで2002年末から2003年初にかけて三回に分けておこなわれた講演を纏めたものである。全三章の内容はそれぞれ映画における「国籍」「演出」「歴史」となっている。「国籍」では、モーパッサンの『脂肪の塊』が各国でいかに映画化されたかというテーマで、『マリアのお雪』(溝口健二)、『脂肪の塊』(ミハイル・ロンム)、『駅馬車』(ジョン・フォード)といった錚々たる映画作家たちの主に馬車の内部での演出が比較される(ちなみにロンム版のこの場面はノエル・バーチの『映画の実践』でも詳しく分析されている名高い場面である。残念ながら私は未見)。これらの検討を通してアドルノ/ホルクハイマーが『啓蒙の弁証法』で提示した図式が批判される。「演出」では、ヒッチコック作品における「階段」という主題に着目し、彼の作品の名高い「階段」を一通り見てから、『汚名』においてそれが語りの構造と関係しつつ、いかに演出されているかが具体的に分析されている。「歴史」では、『映画史』(ゴダール)を「女性」という切り口から分析する。ゴダールが『映画史』において、「断片」としてのみ提示している引用元の「持続」を回復してやり、それがどのような意味を持つのかが明らかにされていく。『映画史』をこうした切り口で分析するというのはまさに目から鱗だった。召喚された十五人(正確には十六人)の女性のうち、マルグリット・デュラスについては「時間切れ」ということで、きちんと分析されていなかったのが残念。薄い本なのであっという間に読み終わるが含蓄は深い。蓮實氏の映画に関する著作のなかでも読みやすい方なので食わず嫌いの方に薦める。あえて苦言を呈すれば分量に対して値段が高いことと、使われている写真の大半がビデオからキャプチャーされたものなので雑な印象を与える(権利関係が大変だったとは思うが)。スタンダード・サイズであったはずの本来の画面が押しつぶされたカエルのように横長になっているのもいただけない。この講演は「世界の中の日本映画」と題されたあと三回分が残っているはずなので、続編を期待したい(最後の二回はネット中継で見たが、それぞれ黒沢清ノエル・シムソロペドロ・コスタとの対話だった)。

映画への不実なる誘い―国籍・演出・歴史

映画への不実なる誘い―国籍・演出・歴史