蓮實重彦とことん日本映画を語る vol.9

hj3s-kzu2004-10-13

祝、新生ABCでの最初の講義。本日のお題は「切ること―時代劇における対決の構図」である。例によってメモを取っていないので、私の脳内でリミックスされたレジュメであることをお断りしておく。
先日行われた京都映画祭の時代劇特集に日参したという蓮實氏。そこで「剣劇スターのなかで誰が最強か?」ということが話題になったという。結論は大河内伝次郎でも阪東妻三郎でもなく、何と近衛十四郎(!)とのこと。『幕末剣史 長恨』(伊藤大輔)の上映されるところならどこへでも出かけていくという蓮實氏の今回の収穫は見逃していた『忍者狩り』(山内鉄也)だったそうだ。さて質量ともに素晴らしいラインナップの京都映画祭だったが、「何かが欠けていた」。ある時、それが「溝口健二」と「女性のチャンバラ」であることに気づいたという。そんな折、ペドロ・コスタから大きな小包が届いた。開けてみるとそれはフランスで発売されたばかりの溝口健二のDVDの特典映像だったという。その中にノエル・シムソロの質問に蓮實氏が答え、それをペドロ・コスタが撮影した映像(!)が入っていたのだ。これは、小津シンポジウムの折に、三人で仙台に講演するために東北新幹線に乗っていたら、小さなパナソニックのビデオでペドロ・コスタが車窓の風景を撮っていたので、シムソロが急にこの企画を思いついて撮られたものだという(『フォルスタッフ』(オーソン・ウェルズ)が特集された「カイエ・デュ・シネマ」をめくると、1966年に撮られた溝口の墓参りをしているゴダールの写真が出てくるという美しいショットから始まる、この『溝口健二焼香』(ノエル・シムソロ)に挿入された、ペドロ・コスタが東北新幹線の車窓から撮った数秒の風景ショットは、蓮實氏の言うとおり確かに強度に満ちた凄いものだった)。
さて最初に『名刀美女丸』(溝口健二)のクライマックスを見てみよう(明治初年、官軍と賊軍が戦火を交える中、山田五十鈴はついに父の仇と巡り逢い、従者二人とともに対決する。このショットは彼女の左斜め後ろの軸からロングで捉えられており、形勢不利の彼女が後ずさりするとともに、同じ距離を保ったままキャメラも後退移動を続け、途中、火の手が上がったり、砲声が轟いたりするのだが、形勢が逆転し彼女がついに敵を倒す瞬間、キャメラは動きを停め、それまで背を向けていた彼女がこちらを向くという演出がされており、しかもこれが充実したワンシーン=ワンショットで撮られている)。ここで見られるように溝口健二は時代劇の名手である。山田五十鈴の腰の据わり方は近衛十四郎のように素晴らしい。次に『濡れ髪牡丹』(田中徳三)からの二つの場面(一、人質に取られた市川雷蔵を救うために、女組長の京マチ子がたった一人で縁日の境内を敵のやくざたちに左右を囲まれながら鮮やかな赤紫の日傘をさしてゆっくりと歩いていく。敵が刀を抜いて次々に襲いかかるのを、彼女はすぼめた日傘で防ぐ。傘が敵に奪われたと思った瞬間、中から仕込み刀が出てくる。それで敵を斬りつつ、雷蔵の元まで辿り着くが、隠れていた敵方の三人の用心棒が現れ、あわや危機一髪の瞬間、大勢の味方が助けに来る。二、京マチ子の組に敵が乗り込んでくる。その時、彼女は入浴していて、その間に乾分が斬られていく。敵が間近に迫った瞬間、彼女はすでに着物を身につけている。敵に囲まれた丸腰の彼女に乾分が「ネエチャン!」と叫ぶや、刀を投げてよこし戦いが始まる。しかし彼女は捕えられ、駕篭で運び去られるかと思いきや、その中から雷蔵が出てきて、しかも今まで弱いふりをしていた彼が実は滅法強く、敵は散々になって退散する。京マチ子は自分の腕から血が流れているので、女らしく気を失う。しかも雷蔵、実は蘭学医でもあり、彼女の傷の手当てをする)。ここでは京マチ子の魅力にも目覚めてもらいたい。なお田中徳三は今ではあまり見られていないようだが、優れた時代劇を撮る映画作家であり、特に『疵千両』は必見である。『濡れ髪牡丹』のこの場面が素晴らしいのも、やはりばかばかしい話を彼が真剣に演出しているからだ。ところで海外では「女性のチャンバラ」はどのように描かれているだろうか。『侠女』(キン・フー)の竹林での素晴らしい決闘場面(ヒロインの徐楓[シー・フン]が走りながら竹を大刀で次々と切り倒しつつ追っ手をかわし、味方の一人を跳躍台がわりにハイジャンプし、そのまま刀を下に向けて垂直に下降し敵を刺し貫く)では、ワイヤー・アクションなどない頃に、細かく数コマのショットを繋げあわせることで、キン・フーは「飛翔」を表現している。これらに比べると『キル・ビルvol.1』のラストのユマ・サーマンルーシー・リューの対決場面はやや落ちる(努力は買うが)。この雪の舞う日本庭園の場面で、タランティーノは二つの間違い(彼なりの狙いはあったとしても)を犯している。それは、背景の障子が赤いこととルーシー・リューの着物が白いことである。「これでは雪は降ってくれない」。ここは障子も着物も黒にすべきだったのだ。
では日本映画の雪のイメージをいくつか見よう。まず映画史上最も美しい『河内山宗俊』(山中貞雄)の雪の場面(弟の借金のために原節子が身売りを決意をする。駄菓子を買いに来た子供の背後でちらほらと雪が降り始め、障子に寄り掛かった原節子のクローズアップの背景でいっそうそれがはっきりし、紙風船で遊びながら子供が去っていく雪の降る路地のロングショットで美しいイメージとして結晶する)。次に『薄桜記』(森一生)の美しいクライマックス(雪の降るなか、片手片足となった市川雷蔵が地面に寝転びながら、彼を取り囲む敵を次々に斬っていく)。『手討』(田中徳三)では雪の日を表現するたった2カットのためにセットが組まれている。これらを見れば分かるように、雪を撮るためには背景を暗くしないと駄目だし、雪のうつった様々な方向からのショットを組み合わせることによって、雪の降る印象を与えることができる。なお1960年代の大映撮影所の技術レベルは当時の世界最高水準である。再び『濡れ髪牡丹』(田中徳三)を見てみよう。ここにも素晴らしい雪の場面がある(京マチ子が敵の組長に関係を迫られ、彼を叩く。キャメラが建物の外から二人を捉えたロングショットに雪が降っている。彼女のうなじのショットに続けて、庭の笹に積った雪が落ちるショットとなり、キャメラがそのまま引くと、そこが彼女の恋い慕う市川雷蔵がいる別の空間であることが分かる。)。そして『日本暗殺秘録』(中島貞夫)の冒頭、「桜田門外の変」の充実した雪のシーン(あたり一面、吹雪で白く視界が塞がれている中、若山富三郎が大勢を相手に斬って斬って斬りまくり、ついに井伊直弼の首をとった後、自らも敵に斬られて鮮血を噴き出しながら倒れる)。
雪だけでなく、雨や霧、それに曇天も時代劇には欠かせない(ただし『七人の侍』(黒澤明)に有名な土砂降りの戦闘場面があるが、あれは時代劇というよりは「戦争映画」なのでここでは取り上げない、とのこと)。ここで再び溝口健二に戻ってみよう。『名刀美女丸』のラストはゆっくりと進む小舟の上で山田五十鈴が従者の一人に愛を告白するというシーンなのだが、なぜか溝口の作品では重要な出来事が舟の上で起こる。また彼の作品においては霧が重要な役割を果していることが多い。『山椒大夫』(溝口健二)で田中絹代が子供たちと生き別れになる場面(霧の立ちこめる湖で彼女が乗った舟は岸にいる子供たちから遠ざかっていく)での活劇的な躍動感に満ちあふれた編集は、『侠女』のような映画的興奮がある。また『近松物語』(溝口健二)の心中未遂の場面(心中の直前、長谷川一夫香川京子に身分違いの恋を告白したところ、実は彼女も彼を秘かに愛していたことが分かり、そのまま抱き合ったままの二人を乗せた小舟は徐々に遠ざかっていく、という強度に満ちたワンシーン=ワンショット)。これらを見ると、溝口健二は活劇を撮れる才能に恵まれていながら、ついにその才能を行使することを自粛した映画作家であったことが分かる。さて他の作品も最後に一通り見ておこう。『中山七里』(池広一夫)のクライマックス(霧の立ちこめるなか、市川雷蔵の隠れ家に敵が乗り込んできて乱闘が始まる。彼が外に飛び出した瞬間、梁が倒れて藁葺の小屋が倒壊する!)。『関の弥太っぺ』(山下耕作)の竹林の場面(どしゃぶりの雨の中、竹林で敵味方あい乱れて斬り合いが始まる。そのうちの一人が酒屋にいる中村錦之助を呼びに行くと、すさんだ顔の彼は独り酒を飲んでいる。彼が到着するや、戦いの場は竹林の外の野原に移る)。そして最後に『宮本武蔵 一条寺の決闘』(内田吐夢)のクライマックス(ここで中村錦之助はたった一人で73人の敵と戦う!)。ここでは田んぼの泥濘のなかで決闘が行われるが、明け方の薄暗さを表現するために、夕刻の日暮れ時に毎日一時間だけ撮影が行われ、このシーンだけで三週間かかったという(何と贅沢な!)。当時、助監督として現場にいた中島貞夫によれば、長靴を履かないと仕事にならなかったそうだ。
ところで蓮實氏にはふたつ夢があって(実はもっと沢山あるらしいのだが)、それは、溝口健二を生き返らせて徹底的な活劇を撮らせることと、『日本暗殺秘録』の冒頭の「桜田門外の変」のシーンを、浅野忠信を使った3分間のワンシーン=ワンショットとしてリメイクするのをプロデュースすることである(若山富三郎はすでにかなりの年齢だったために中島監督はカットを割ったが、今の浅野忠信だったらワンショットで撮れる。疲れて身体が動かなくなったら、それもそのまま活かせばいい。ちなみに、なぜ3分かというとそれ位のバジェットだったら何とかなるから、とのこと)。
濡れ髪牡丹 [VHS] 侠女 [DVD] 山中貞雄日活作品集 DVD-BOX 薄桜記 [DVD] 中山七里 [DVD] 宮本武蔵 愛蔵BOX [DVD] 

キン・フー武侠電影作法

キン・フー武侠電影作法