蛟龍を描く人

hj3s-kzu2005-01-14

a)『神秘の箱』(J・A・ノーリング)
b)『蛟龍を描く人』(ウィリアム・ワーシングトン)
b)時代は明治あたり。「竜の絵師」と呼ばれる野生児(早川雪州)は美しい渓谷で生活し、千年前に竜に姿を変えたと信じている姫の面影を求めて、日々、風景画を描いている。他人の目からは単に風景を描いているようにしかみえないのだが、彼の目にはそこに描かれた湖の底には竜が眠っているのだ。ある日、東京から測量技師が村にやってきて、彼の画家としての才能を見抜く。東京には技師の友人の日本画の巨匠がいるのだが、その後を継ぐ弟子がおらず、流派は途絶えかけていた。技師は姫の居場所を知っている人を紹介すると雪州を騙して、彼を巨匠の家まで連れてくる。歓迎の宴が開かれるが、そんなことはお構いなしに、彼は姫を出せと暴れる。巨匠には一人娘(青木鶴子)がいて、彼女を竜の化身だと偽って素朴な雪州を説得する。鶴子を娶りたいという彼に、巨匠は婿として相応しいかどうか画家としての能力を示してみよと告げる。雪州は見事、その試練にパスし、鶴子と結婚する。結婚するや雪州は絵を描かなくなる。なぜなら姫を手に入れた以上、その面影を求めて絵を書く必要はないからだ(きわめて論理的だ)。巨匠は落胆し、鶴子は夫の才能がこのまま埋もれてしまうのを残念に思い、ある決意をする。ある朝、雪州が目を醒ますと、妻の姿はなく、寝床に置き手紙があり、あなたのお仕事の邪魔になるので、私は湖に身を投げます、とそこには記されていた。絶望して雪州は妻の後を追って滝壷に身を投げる。しかし川を流れていく彼を漁師が救出する。生きる気力を失った雪州。ある晩、美しい月あかりのさす寝室に鶴子の幻があらわれ、寝ている彼の枕元に紙と絵筆を置いて消える。翌朝から憑かれたように彼は創作活動を開始する。目に映る自然に彼は鶴子の面影を見ているのだ。その甲斐あって、彼の個展が開かれ、大成功をおさめる。しかし彼の心は晴れない(庭園の池をぼんやりと眺める、水面に映った雪州の姿にどこからか鶴子の姿が現れ、彼の肩にそっと手を添える。喜んだ彼が後ろを振り返るがそこには誰もいない、という素晴らしいシーンがある)。自室に籠り、鶴子が残していった着物を頬に寄せ、窓辺の柱にもたれかかって物思いに耽る雪州(このバストショットはとても美しく感動的である)。するとその時、鶴子が現れ、彼に手を差し伸べる。彼の仕事の邪魔にならないよういままで自分は身を隠していたのだ、と彼女は告げる。
この瞬間、私たちは雪州とともに幻を見ているのかもしれないと思いつつも、映画的な奇跡に立ち会って止めどもなく涙が溢れてくるのを禁じえないだろう。あえていえば『アンナ・マグダレーナ・バッハの日記』(ストローブ=ユイレ)や『雨月物語』(溝口健二)、さらには『奇跡』(カール・ドライヤー)にもひけをとらない偉大なる愛の映画。ただただ美しい。