エルンスト・バルラハ

hj3s-kzu2006-05-16

a)『朝はダメよ!』(根岸吉太郎)★
b)『エロ将軍と二十一人の愛妾』(鈴木則文)★★★★
エルンスト・バルラハ展に行く。会場入口にすぐ、獣を踏みつけ剣を胸の前にかざした「闘う天使」があり、しばし賛嘆させられる。彼に興味を持ったのはストローブ=ユイレの『黒い罪』の冒頭に彼の「母なる大地」と「復讐者」の彫刻のショットが挿入されていたからだ。そして今回の回顧展では「復讐者」をすぐ間近に眺めることができる。彼の彫刻は人間をある「姿勢」に還元する。それらの「姿勢」とは人間たちが世界に対してとるスタンスである。「乞食女」は力強く手をまっすぐに差し出し、「戦士」は腰を落として大地をしっかりと踏みしながら剣を大きく振りかぶり、「歌う男」は片膝を両手で抱えて顔を上に向け身体を反らし、「読書する修道僧」は腰掛けた膝の上に書物を広げ居眠りをしているのか俯いた彼の瞼は閉じられている。それらは大抵、大胆で力強いシンプルな線=襞と化した簡素な布地の衣服で身体のほとんどを覆われ、わずかに頭部と手と足先をのぞかせているにすぎないが、しかしその襞は何にもましてその下に隠れた身体の充溢を感じさせる。ある瞬間に凝固されたそれらの人間たちの「姿勢」は逆説的だが「運動」を内包している。「復讐者」の剣を背中にふりかざして今にも斬りかかろうと一歩前に片足を踏み出した姿勢の躍動感はどうだろうか。年代順に並べられた展示の後半部、「難民」と「復讐者」に始まる目くるめく傑作群には圧倒される(ちなみにブレヒトはバルラハを偉大な芸術家と讃えながら「復讐者」を気に入らなかったようだ)*1。そして死の前年に制作された「笑う老女」の圧倒的な肯定性。「歓喜とは世界の意味であり目的であり本質である」という晩年の彼の言葉を目にするにいたって、ナチスによって「頽廃芸術家」の烙印を押されたこの偉大な彫刻家のそれでもなお世界に対する希望を捨てない「姿勢」にほとんど泣きそうになるのを堪えつつ、最後に「闘う天使」(それは廃墟に立つベンヤミンの「天使」を想起させる)を再び賛嘆とともに見上げ会場を去る。
エルンスト・バルラハ展@東京藝術大学美術館(5/28まで)
http://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/2006/barlach/barlach_ja.htm

*1:「バルラッハ展のためのノート」『ベルトルト・ブレヒトの仕事6』pp.352-364