北京滞在記 その1

成田から約四時間で北京に到着。なのだが、同乗のほぼ九割以上を占める日本帰りの中国人たちのあまりの手荷物の多さ(余裕で規定超えてるだろっていう)に通路が詰まって、なかなか機内から出られない。仕方がないので迎えに来ている前田くんに携帯で連絡。機種変更したばかりの国際ローミング機能つき携帯が早速役に立つ。窓から見える外はもう夜。そんなこんなでようやく前田くんと再会。コーヒーが飲みたいという同行のIさんをスタバに残し、とりあえず一万円分の両替を済ませる。軍服姿の男たちが辺りを闊歩しているのを見て、社会主義の国に来たのだとようやく実感。空港出口の半透明の分厚いビニール幕をくぐり、軍用バイクの停まる、オレンジの灯のともる薄暗い地下通路を通り、地下駐車場に停めてある迎えのバンに乗り込み出発。何かスパイ映画の登場人物になった気分(ちなみにこの時は『ファイヤーフォックス』(イーストウッド)を連想)。『怪人マブゼ博士』(ラング)に出てきそうな妙に寒々しい街道をガタゴトと一時間ほど揺られ、直接会場に向かう。道中、前田くんがいろいろと今回の映画祭の話をしてくれるのだが、その会話に出てくる「ジュリーくん」って誰、と彼に尋ねると、今回の映画祭の主催者である「ジュ・リークン(朱日坤)」の聞き違いであることが判明して苦笑。
彼の説明で様々な疑問が氷解。まず映画祭が延期された理由なのだが、当初、予定された期間は同じ地区で芸術祭が開催されており、この映画祭が多くの人の目に触れることを避けたい当局は、時期をずらし、宣伝も行わないことを条件に開催を認めたという。したがって映画祭の上映作品やタイムスケジュールも直前になるまで伏せられていた。どうりでネット検索してもあまり情報が出てこなかったわけだ。
で、ようやく会場の宋荘美術館に到着。あたりは真っ暗なのでよく分からないのだが、かなり郊外のようだ。とにかく荷物を控室に置いて、そのまま今日の上映の最後の二作品を見ることに(イン・リャンの上映はすでに終わっていた)。上映ホールはアテネフランセ文化センターを一回り大きくしたような広さで、どこから聞きつけてきたのやら、客席は七、八割がた埋っている。エアコンが効いていないのか、かなり寒い。上映はDLPプロジェクターを使った方式。
『Night in China(中国之夜)』(ジュ・アンチィ)は、冒頭、北京オリンピック開催に備えて夜学でABCから英語を学ぶオジサン、オバサンたちの滑稽な様子がなかなか期待させたが、次のシーンで、京劇のリハーサルとロックコンサートで絶叫する若者たちを交互に見せる安易なモンタージュでがっかりさせられ、さらに近未来SF風の食肉工場やら、ざるでバケツに投げ込まれる大量のヒヨコたちやら、マンホールから顔を出し一服する工事現場のおじさん(ちょっと面白い構図)やら、猫屋敷のおばさん(「中国人には動物愛護精神が欠けている」とか言う)やら、次々にいろいろな人々が登場するのだが、どのシーンも十分に展開される前に中途半端なところでカットされていて不満感が残る。最後は田舎から上京してきた少数民族出身の青年が、やはり少数民族出身の風俗嬢と汚い部屋で世間話をしながら手で慰めてもらうというシーンがなかなか面白かったのだが、その後でわざわざセックスシーンをカットして行為後の二人を見せておきながら、エンドロール直前のマルチ画面の中で彼らの様々な体位の性交を見せているのには興醒め(ただ中国でここまで見せていいのかと驚いたが、よくよく考えたらそれはインディペンデントだからやれることであって、当局に見つかったら発禁処分を食らうはず)。何のための省略か。どうもこの作家には根本的に映画的センスが欠けているとしか思えないのだが、エンドロールをみて、フランス資本が入っているようなのでこれまた吃驚(悪しきオリエンタリズム!)。またそれぞれのシーンが全て別の都市で撮られていることもクレジットを見るまで分からなかった。インサートショット入れるとかそういう発想はないのだろうか。
上映後Q&A。質問する方も答える方も全て中国語なので、何について語り合っているのかさっぱりわからないが、お互いよく喋るし一歩も引かない感じ。観客はかなり積極的でマイクをリレーするように次から次へと質問が出てくる。このあたり日本の観客も見習いたいところ。ともあれ数日後にQ&Aを控えたわが身にとっては、ちと手強い連中かも。
休憩時間にヨ氏と仙台以来の再会。大連に滞在中の彼はわざわざ拙作を見に北京まで来てくれたのだが、拙作の上映は翌週の水曜なので、今週末に大連に戻る彼は見られないことが判明。彼に知り合ったばかりの現地の若い画家を紹介してもらう。彼のガールフレンドが映写担当とのこと。前田くんからは、やはり今朝着いたばかりで、現在、中国インディペンデント映画祭を企画中のNさんを紹介してもらう。
『Red Paradise(紅色聖境)』(バイ・ブーダン)は、中国共産党のプロパガンダのパロディというか贋作。英語字幕がついていなかったので、ナレーションの細かい内容までは分からなかったが、場内が大受けしていたので、何となく大意はつかめた。ただこういう手法は個人的には古臭いような気がする。上映後に登壇した監督本人も映画のようにトボけた感じの人であった。
全プログラムが終わるともう22時過ぎである。会場前に停まったバンに載り、スタッフ・監督一同、ホテルに向かう。会場から車で15分くらい。そういえば機内食を口にしてから何も食べていないことに気づき、中国語に堪能なNさんに案内してもらい、Iさんと三人でホテル前の屋台で氷点下の寒さ(東京の気温より十度低いと想像せよ)にガタガタ震えながら簡単な食事をする。勘定を済ませ、物価の安さに驚愕。一人あたり百円以下也(ちなみに国産の500mlのミネラルウォーターが30円くらい)。ホテルの自室に戻り、ようやく一息つくが、シャワーを浴びようとしたら冷水しか出ない。仕方がないので今夜は諦めて寝ることに。テレビもつかないし、ドアのロックがきちんとかからないので半開きのまま。それにしても寒い。