北京滞在記 その3

せっかく北京に来たのだから映画ばかり見ているのも勿体ない、ということで本日は朝一番の『とどまるか なくなるか』(瀬田なつき)を見てから(サプライズ上映)、前田くんの案内で、Iさん、ヨ氏、私の四人で高速をタクシーで飛ばして北京観光へ。
まず市場を回り、次に、やはり北京といったら北京ダックでしょ!ということで、有名高級店に行く。前田くんがメニューを見て、数年前に来た時より三倍も値上げしていると文句をいう。とはいえ、たらふく飲んで食べて、一人あたりたったの二千五百円也。今回の旅行で唯一の贅沢。満席だったホールも私たちがおしゃべりしている間に人影がなくなる。水が飲みたいのでボーイを呼ぶと、エビアンの300ml入りを持ってきて十元(約百五十円)だという。ホテルの前の夜店で買った国産のミネラルウォーターが二元だから、それを考えるとかなり高いが、仕方がないのでそれを注文すると、彼は一旦下がってから国産のを持ってきて十元を請求する。ふざけんなと思い、断るとやや不満顔をされたが無視。
レストランを出て、少し歩くと天安門前広場。なぜかやたらと前田くんのテンションが上がって、衛兵たちに向かって、拳を上げていきなり「民主!民主!」と叫び出すので、やたらと挑発してはいけないと諭す。故宮見物をしたかったのだが、残念ながら閉館時間。代わりに隣の公園を散歩。
それから天安門前の大通りを西にしばらく歩き王府井まで行く。それにしても北京は何につけてもでかい。道路は普通に五車線だし、地下鉄の駅と駅の間がかなり離れている。王府井は日本でいうと銀座のような場所らしく、ショッピングセンターに入ると日本でもお馴染みの高級ブランドの店がずらりと並んでいて、ホントにここは社会主義圏かと目を疑う。シネコンがあったので入口を覗いてみると『ラスト、コーション』(アン・リー)などが上映されている(あとでNさんに聞いた話では北京の中心部には五、六ヶ所このようなシネコンがあるとのこと。逆に言えば普通の映画館はもはやない)。入場料は六十元(約九百円)で日本の半額だが、こちらの物価が大体日本の五分の一位であることを考えると、一本、映画を見るのに日本の感覚だと四千五百円位かかる計算になる。要するに贅沢品で、観客もそんなに入っていないらしい。日本も映画の入場料が高い高いというけど中国の比ではない。その反面、後で述べるように、こちらでは海賊版DVDが充実していて、一枚当たり百円位なので、皆、映画はDVDで見るのが普通のようだ(ちなみに正規版はその倍くらいの値段)。で、どうしようか迷ったが、すでに大連でこの映画を見たヨ氏の情報では、濃厚なラブシーンは全て検閲でカットされているとのことなので、だったら日本に来るまで待とうと思い、スルー。
せっかくだから、前田くんの通っている北京電影学院を見学しよう、ということになり、ショッピングセンターの地階から連絡している地下鉄を乗り継いでいく。地下鉄は距離に拘わらず二元。安い。地下鉄を降りてからタクシーで十五分くらいで学院に到着(タクシー料金も安い)。ちなみに北京はどこに行くのも駅から離れているのでタクシーが必要。大ホールでドイツ映画特集をやっているので見に行く。映画はすでに始まっていた。暗闇の中、あたりをうかがってまず驚いたのが、上映ホールのでかさ。スクリーンは三階建ての一軒家位の高さがあり、座席数も千人くらいは収容できるのではなかろうか。前田くんの話ではヘルツォークを上映していたはずとのことだが、そうとも思えず、最近のドイツ娯楽映画風であまり面白くないので、五分ほどで退席。構内を散歩するがホントに広い。普通の大学のキャンパス位の広さはある。それに比べると日本は貧しい。掲示板のポスターを見ると近々、スティーブン・フリーアーズが訪問するらしい(特集上映つき)。また数日後にはイ・チャンドンがやってくるとのこと。海外からしょっちゅうゲストを招待しているようだ。着いたのが夜だったので教室は閉まっていた。
学内を一通り回った後、近くに前田くん行きつけの海賊版屋があるというので、皆でそこに向かう。着いてみて吃驚。あるわ、あるわ、「ブニュエル全部入りBOX」とか「アントニオーニ全部入りBOX」とか。一番大きかったのは「ファスビンダー全部入りBOX」。さすがにこんなでかいものを買っても税関で没収されるのは必至なので止めておく。それにしても「全部入りBOX」とはさすが中国人、発想がでかい。小津、溝口、黒沢も「全部入りBOX」が出ていた。成瀬も十枚くらい出ていて、さらに驚いたのは山中貞雄の作品まであったこと。ここは品揃えがマニアックで、デンマークでしか出てないはずのカール・ドライヤーの『裁判長』や『むかしむかし』が並んでいたりする。もちろん百円(ちなみに私は大枚はたいてデンマークから取り寄せた・涙)。映画狂にとっては北京の海賊版屋は宝の山だろう。私も先頃物故した台湾の映画作家のアレとかコレとかゲット(DVD化されていること自体に驚きつつ)。禿鷹のように四人で荒らしまくったので店の棚がごっそりなくなる。皆、ホクホク顔でお買い上げ。よく中国の映画作家たちが海賊版で映画を学んだと発言しているのを常々不思議に思っていたのだが、こういうことだったのね。
一旦、大連に戻るというヨ氏を北京駅まで見送り(上野駅あたりに感じが似ている)、駅前のスーパーで酒とおつまみを仕入れてからタクシーに乗って宋荘へ戻ることに。美術館の近くまで来たはずなのだが、あたりが真っ暗で目印が分からず迷子になってしまい、仕方がないので一度、宋荘地区の入口でタクシーを降り、氷点下の寒空の中、ガタガタ震えながら、迎えのバンが来るのを待つ。待つこと二十分、ホテルに直行(死ぬかと思った)。一息ついてから私の部屋に集まり皆で飲む。今日のテレビ番組は『メン・イン・ブラック』(バリー・ソネンフェルド)。ちなみに中国では60チャンネルくらいあるが、どこもドラマか音楽、バラエティと日本と似たような感じ。驚いたのはCMが日本とそっくりだったこと。しばらくして前田くんの提案で映画クイズが始まる。「エレベーターの出てくる映画は?」とかそういう感じでタイトルをギブアップするまで順番に挙げていく(これは映画脳を活性化させるので皆さんにもオススメ)。深夜まで盛り上がってお開き。