『彼方からの手紙』を今年の邦画ベストワン候補として推す

a)『アンナの物語』(山田咲)×
b)『彼方からの手紙』(瀬田なつき)◎
c)『錨をなげろ』(船曳真珠)△
『アンナの手紙』はオープニングからクリシェの連打でいきなり見る気が萎えるが、一番の問題点はこの物語を描くのに必要とされるはずのメインの四人の人間関係の描写ができていないことである。この関係を演出するためには、登場人物たちが対峙した際に、彼らの演技指導の他に、彼らとキャメラの位置関係を細かく設計していくことが不可欠だが、どうもこの作者にはキャメラ位置、カット割り、画の寄り引きの呼吸、といった映画を撮る上での基礎体力が致命的に欠けているようだ(そのため長回しのシーンも全て失敗している。カット割りのできない人間に長回しは撮れない)。*1また前半で基本前提となる人物関係の基礎描写がなされていないので、後半、その関係が破局に向かって加速し(とナレーションで説明されても困るのだが)、役者たちが「熱演」すればするほど、観客はしらけてしまう。この物語の登場人物たちは目の前にある現実を見ようとしない者たちばかりだが、作者もまた撮影の際に目の前にあった現実を見ようとはしていない。*2
『彼方からの手紙』は冒頭のヒロインを捉えた素晴らしいショットからこちらはすでに泣きそうになるのだが、中盤、主人公の二人が夜のドライブに行くあたりから、完全にノックアウトされ、それ以降ラストまでほぼ全編あまりの素晴らしさに私はずっと涙を流しながら見ていた。この傑作にあえて難癖をつけるとすれば、いくつかの現代日本映画からの無邪気な引用があることぐらいだが、それもまあ些細なことだろう。また劇中歌はキラーチューンでこれもヤバい。必見。
『錨をなげろ』は少年少女の何気ない佇まいや表情を捉えた屋外のショットはほぼ全て良いのだが、物語上演出が必要になるシーンはほぼ全て失敗している。この作品の面白さは扱われている題材とそのスタイルとの間とのズレにあるが、逆にそうしたスタイルの中にジャンル映画的なクリシェが出てくるショットはどれも面白くないので、そこをどう処理すべきかを工夫すべきだったのではないだろうか。どうもこのネタはメロドラマよりもコメディとして処理したほうが面白くなったような気がする。*3

*1:ちなみに「基礎体力」が欠けていると自覚症状のある人におすすめしたいのは、とりあえず巷で今話題になっている旬の映画を見ることをいったん諦めて、撮影所システムが機能していた時代に作られたアメリカ映画または日本映画をひたすら見て研究することである。なおその映画は必ずしも映画史上の傑作である必要はない。これを数年続ければかなり効果があると思われる。「作家性」だとか「オリジナリティ」だとかいうのは、こうした「基礎体力」がついてからにしてもらいたい。

*2:また編集マンは基本的なアクションつなぎ、視線つなぎくらいはできるようにしてもらいたい。

*3:あと細かいことだが、「ある人物の十年後の姿」といったものを顔の似ていない別の役者に演じさせる場合、ある癖なり身体的な特徴なりを予め見せておいて、それを「十年後」を演じる役者にもやらせる、といったようなことは演出のイロハに属するのでその位はできておいてほしい。