関西訪問記 その3

で昨晩(というか今朝)の呑みがあんまり楽しかったものだから、寝るのも遅く、結局昼近くまで爆睡してしまい、今日の最初の3プログラムを見逃してしまう。しかもタイムスケジュールを見ると、続く2プログラムは既に見た「子宮系映画」だったのでパス。ネットで空き時間に観賞可能な映画を検索し、『ヤッターマン』(三池崇史)に決定。昨日行った梅田のデパ地下でデミグラソースのオムライスを食べてから、地下街の金券ショップを物色し、安くもない株主券を買って、梅田ブルク7へ。醸し出している雰囲気が新宿バルト9によく似ていると思ったら、系列館だった。何で大阪まできて『ヤッターマン』なのか、自分でもよくわからんが、世代的な刷り込みのためか、ついつい行ってしまう。なぜか平日の昼間なのに、客席は老若男女でかなり埋まっていて、ひさびさにこんな熱気に溢れた映画館に入った。作品の評価はさておくとして、これは梅田で見て大正解だった。大阪人ウケしそうなお下劣ギャグてんこ盛りで(偏見?)場内大受け(そういえば『おっぱいバレー』の予告篇の最後の仲村トオルの台詞「ナイスおっぱい!」にも大きな笑い声が起きていた)。っていうか、これ子供連れで見るのはいかがなものかと思うよ。まあドクロベエの正体が実は…みたいなのは、始まってすぐに筋割れしているし、そもそもドラマツルギーというものが皆無だとは思うのだが(この点、連続活劇と比較してみるのは興味深いかも)、まあそこそこ楽しめたので個人的には満足。フカキョンもかわいかったし(芝居はヘタだけど)。
で、中崎町に行き、『梅田優子の告白』(深井朝子)を。なぜか満員。全編ほぼキャメポジが酷いし、できの悪い深夜ドラマを見せられているような印象だったのだが、それでも途中までは我慢して見る。しかし終盤、クールな佇まいだった本田菊次朗がヒロインの一言でそれまでの態度をガラッと一変させるという演出が酷すぎる。もう少し何かなかったのか。またこの映画において「性」と「労働」との関係は重要な要素なはずなのだが、そこを突っ込まずに表面だけ撫でて終わっているあたりも、実に薄っぺらい印象を与える。
続いて『赤を視る』(浅川周)、『さよならジョージ・アダムスキー』(児玉和土)、『屋根の上の赤い女』(岡大地)の三本立て(すべて撮影は近藤龍人)。やっぱフィルムはええわと『赤を視る』を見ながら思う。あの16ミリ特有の空気感が素晴らしい。その一方で35ミリで撮られた『さよならジョージ・アダムスキー』ははっきり言ってお金の無駄だと思った。VIPOなるNPO法人によって製作された短編だが、天下りの連中に飯を食わせるためになぜこんな代物が35ミリで撮られなきゃならんのか謎。酷い脚本に酷い演出。それに比べると同じ団体によって製作された『屋根の上の赤い女』は遥かにマシだが、やはり屋根に登るために梯子を上がる様子はキチンと省略せずに描くべきだったと思うし、ラストショットがあれではいかんのではないか(むしろあそこから物語が始まるべきではなかろうか)。
上映後、富岡さんや岡さんらと呑み。富岡さんと一緒に山中貞雄生誕百年に相応しい企画を思いつく(スポンサー募集中)。