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東京国際映画祭2009 その2

a)『ハサンとマルコス』(ラミ・イマーム)△
b)『苦い権利』(ゼイナブ・アブドゥルラッザーク)×
c)『エジプトの物語』(ユーセフ・シャヒーン)○
d)『正当なる背信』(ハーリド・ユーセフ)△

本日はエジプト三昧。
『ハサンとマルコス』は全く期待していなかったのだが、コメディとしてそこそこ楽しめた。キリスト教とイスラム教の宗教指導者が、それぞれ相手方の原理主義者から命を狙われ、政府による保護プログラムの下で、キリスト教徒、イスラム教徒としてのアイデンティティを交換して、全く逆の信徒たちのコミュニティで生活するのだが、それによっていろいろなトラブルに巻き込まれ(それを解決するために主人公が、秘密を知っている「将軍」にいちいち間の悪いタイミングで電話をかけるのが可笑しい)、それに耐えきれずに引っ越すと、互いの秘密を知らないその二家族がお隣さん同士になり、ロミオとジュリエットのごとく、それぞれの息子と娘が恋に落ちてしまう。ところがふとしたきっかけで、互いのアイデンティティが発覚してしまい、仲の良かった両家は反目し始めるが、宗教対立(実は根本にあるのは経済問題)が引き起こした街の暴動の中、宗派を超えた友情を再び取り戻し……というお話。ラストの暴動シーンで両家のメンバーが手をつないで、横一列になって暴徒の中を歩くというところがやや大げさだなーと思ったけど、それ以外はそんなに悪くない。

『苦い権利』は、エジプトにおける離婚女性が抱える問題点を扱った告発型の社会派ドキュメンタリーだが、ハッキリ言って映画以前のレベル。上映後、エジプト映画関係者によるシンポジウムがあったので聞く。若い方の女優さんがきれいだった。
『エジプトの物語』は、「アレキサンドリア四部作」の二本目。シャヒーンを思わせる主人公の映画監督が心臓手術中に生死を彷徨い、そこで見る夢が映画の大部分を占める。そこで彼は今までの人生について「裁判」にかけられるのだが、反リアリスティックな法廷内のセットや、彼を告発する子供時代の彼自身、そしてその子が透明なパイプにカラフルなゴムボールを入れると現実の彼の容態が悪化するといったブレヒト的な仕掛けが、60〜70年代の西欧のある種の政治的モダニズム映画のディスクールで語られているので、てっきり70年代映画かと思ったのだが、調べたら80年代初頭の映画だった。当時のエジプトでは「前衛」だったんでしょうなあ。「四部作」の中では一番面白いかもと思ったが、寝不足のため、何度かうとうとしてしまった。もう一度見てみたい。
『正当なる背信』は、エジプト映画シンポジウムで一番気焔を吐いていたハーリド・ユーセフの作品だが、ハリウッド映画を痛烈に批判していた割には、お前、これバリバリ、今どきのハリウッド映画(というかMTV風というか)のディスクールで撮ってるじゃん!とツッコミたくなった。しかもヘタ。シャヒーンの愛弟子とのことだが、作品を見る限り、師匠の古典的ハリウッド映画に対するアンヴィバレントな愛(『アレクサンドリアWHY?』の映画館のシーンを見よ)だけは全く受け継がなかったらしい。だから浅薄だし基礎体力がない。こんな輩にアメリカ映画を批判する資格なし。階級問題を盛り込んだ出来の悪い社会派サスペンスを作ったからといって、それがハリウッドを批判することになるのか。アホか。