中島貞夫とことん語る

a)『脱獄・広島殺人囚』(中島貞夫
b)『やくざ戦争 日本の首領』(中島貞夫
本日は蓮實重彦氏と中島貞夫監督によるトークショーがあった。開口一番、蓮實氏から出た質問は、菅原通済について。彼は後期小津映画の常連でもある彼が、原作というかたちで『戦後秘話 宝石掠奪』(今回は上映されないが傑作とのこと)と『東京=ソウル=バンコック 実録麻薬地帯』の二本に関わっているのは何故なのか。理由は簡単で、菅原通済から中島監督に自分が金を出すから「三悪追放」(売春・性病・麻薬)についての映画を作らないかとオファーがあったからだという。作品の出来については満足したのかという問いには、彼は自分が出ているシーンさえよければOKだったという。当時の政界の黒幕でもあった本人は「黒幕から銀幕へ華麗なる転身だ」などと言っていたそうだ(菅原通済についてはid:houzi:20040630さんに詳しい)。さて中島監督の映画ではよく自動車が破壊される。『狂った野獣』でのバスの横転(渡瀬恒彦がスタントなしで運転したという)、『東京=ソウル=バンコック 実録麻薬地帯』で崖から転落する乗用車など。そのために彼の現場には救護班が常時待機していたという。これは深作欣二の現場でもなかったことだそうだ。中島監督によれば、事故には予測可能なものとそうでないものがある。時代劇などで例えば馬を走らせたりする時には予め事故を想定しておく位でないといいショットが撮れないのだが、現代劇をやっている場合、ひょんなことで怪我をしたりするという。ところで関東出身の中島監督が東映京都に配属になったのは何故か。大学で「ギリシャ悲劇研究会」に所属していたことから、東映の上層部から「ギリシャ悲劇っていうのは要するに時代劇だろ」と言われ、まあそうですねと答えたことから、そうなったのだという。「つまり鉄砲玉として京都に行ったわけですね」と蓮實氏。先週の山根貞男氏との対談の折にも触れられていたように、デビュー作として選ばれたのが『くノ一忍法』で、これは会社をおちょくるつもりの企画が通ってしまったわけだが、ここにはやたらなことではデビュー作を撮ってやらないという意志のようなものが感じられると蓮實氏は言う。この作品は「様式美というよりはただ様式だけがそこにある」ようなヘンな映画で1964年の日本でこのような映画が存在したというのはまことに驚くべきことであるという。このようなセットで撮られた映画の対極に、『鉄砲玉の美学』や『東京=ソウル=バンコック 実録麻薬地帯』のようにオールロケで撮られた映画がある。しかしどこでロケをするにしても中島監督の映画には、いかにもその土地の名所といったような場所は映らない(この点、ヒッチコックとは正反対の発想である)。どこに行っても「路地」のような所で撮っている。これは名所なんて撮ってもしょうがないという発想と同時に、アクションの舞台として「路地」が好きでしょうがないからだという。おそらくこのことと先週の発言にもあった「低いところからものを見る」という監督の発想は繋がっていると思われる。というのも『あゝ同期の桜』で描かれていたのは、「名誉の戦死などというものはなく、ただ犬死にがあるだけだ」ということだからだ。仁侠映画への中島監督の嫌悪感もここに由来する。「親分子分」の関係(それはひいては天皇制にも繋がる日本社会の問題でもある)で物を考えることが厭なのだ、と。それを受けて蓮實氏が、でも「兄弟」ならいいんですよね、と尋ねると、そうだと答える。実際、タイトルに「兄弟」の付いた中島作品は輝きに満ちているという。また蓮實氏が中島貞夫という名前を覚えたのは『893愚連隊』からだそうだが、この作品や『ポルノの女王 にっぽんSEX旅行』の荒木一郎には輝きがある。中島監督によれば、他の舞台出身の俳優とは違い、キャメラで捉えられる時の彼には独特の感性があるそうだ。演技に関していうと『やくざ戦争 日本の首領』における佐分利信鶴田浩二は対極的な存在で、自分でも十数本の監督作を持つ佐分利信は演出にもいろいろと注文をつけてきて、どうすれば自分が引き立つかを演技の上でも考えているのに対し、鶴田浩二は演技者の領分と演出家の領分をきっちり分けて考えていたという。やくざの大親分なんだから体育館のような大きなセットの中でバーベルをあげたらどうかとか、ガウンの背中に般若の面を刺繍してはどうかとか、佐分利信は中島監督が思いもつかない提案をしてくる人だったとのこと。なお鶴田浩二とは『あゝ同期の桜』でちょっと衝突し、『日本暗殺秘録』で決定的に対立し、それ以来、撮影所で見かけてもお互い挨拶もしないという関係だったが、『やくざ戦争 日本の首領』を撮るにあたって、俊藤浩滋プロデューサーに「手打せい」と東映独特の言い方で言われ、仲直りしてからは良好な関係だったという(おそらくこの対立は、蓮實氏言うところの「三島由紀夫的なものを背負っている」鶴田浩二と「低いところからものを見る」中島監督との思想的な齟齬が原因だったのではないか)。
最後に蓮實氏から、ぜひ一本と言わず数本、次回作を撮って下さいとのリクエストがあり、トークショーは終わった。両氏からは、今年の京都映画祭にはぜひ足を運んで下さいとのこと。

遊撃の美学―映画監督中島貞夫

遊撃の美学―映画監督中島貞夫

京都映画祭
http://www.kyoto-filmfes.jp/2004k/index.html
(追記)id:houzi:20040703#p3さんも参照のこと。