NINAGAWA十二夜

NINAGAWA十二夜』を観に歌舞伎座へ。幕が開くと舞台は一面鏡張りで観客たちはまず自分の姿を見ることになる。それだけでもたじろかされるのだが、美しいチェンバロの音とともに、鏡の奥が徐々に明るくなっていき、桜吹雪の中、洋装の三人の少年の合唱隊とチェンバロ奏者が格子の中に見えてくる(そう鏡はハーフミラーだったのだ)。そこに花道から錦之助たちがやってきて(その姿も鏡に映っている)、冒頭の名台詞*1を呟く。もうひたすら美しく、これだけで私などはノックアウトなのだが、この場に続いて、原作にない主人公の兄妹が乗った船が嵐に見舞われる場のスペクタル性とか(兄と妹の二役を演じる菊之助の見せ物性に徹した早替りが観客を湧かせる)も本当に圧倒され、素晴らしいとしかいいようがない(舞台上を大きな船がぐるぐる動く動く)。原作では兄と離ればなれになったヒロインが、世を忍ぶ仮の姿として男装するが、これを菊之助が女形として妹を演じ、さらに「彼女」が男装するという屈折(しかも後半に到っては、菊之助演じる兄が再び登場する!)に、この戯曲を歌舞伎でやることの妙味がある。仕草や台詞の端々につい「女」としての地金が出てしまうというあたりの芝居が実に面白く、観ていて妙な感じがする。また二役をするのは菊之助の他に菊五郎も執事と道化の二役を演じていて、特に後半、堅物だった執事がキチガイに変貌する時のハジケっぷりは素晴らしい。それに加えて翫雀のバカっぷりも最高で大笑いさせてもらった。もつれもつれた恋の多角関係もめでたくほぐれ、舞台に並んだキャストたちに見守られて菊五郎の道化が花道を手を振りながら去っていくハッピーエンドには実に幸せな気分にさせられて劇場を後にしたのだった。

シェイクスピア全集 (6) 十二夜 (ちくま文庫)

シェイクスピア全集 (6) 十二夜 (ちくま文庫)

*1:「音楽が恋を育む食べ物なら、続けてくれ。/嫌というほど聴かせてくれ。/そうすれば飽きがきて/食欲は衰え、やがて死に絶えるだろう。/今の曲をもう一度。絶え入るような調べだった。/ああ、この耳に甘く響く。/スミレ咲く丘に息づく風が/香りを盗み運んでくるようだ。もういい、やめろ。/もうさっきほど甘くは響かない。/ああ、恋の精、お前は何と元気旺盛なのだ」(松岡和子訳)