The Best Years of Our Lives

いつもながら朝まで起きていて、午前七時を回ったのでさて寝るかと思ったら、とある友人からメールがきて、新作の準備に必要なので至急『勝手に逃げろ/人生』(ゴダール)のDVDを貸してくれ、とのこと。仕方ないなあ、と思いながら、しばしDVDの山を掻き分けるが日本盤(のコ●ー)が見つからない。英盤(オリジナル)だったらすぐ貸せるよ、とレスするとそれでよいという。まあパッケージごと貸すと返してもらうのが面倒なので、リッ●ング→圧縮→コ●ーをし、これだけであっという間に一時間過ぎてしまう(この時点ですでに午前八時すぎ)。受け渡しは日仏でということに。さて、デプレシャンの新作の発券一時間前に間に合わせるべくアラームをセットし仮眠するが、当然のことながら爆睡し、寝坊してしまう。やや焦りつつ、日仏に向かうと件の友人からメールがきて、スタッフがDVD持っていたので必要なくなりました、とのこと。「お前ー、それ尋ねる順番間違えてんだろが、コラ!」的な意味を言外に含ませつつ、とっても上品な言葉遣いでレスしながら、上映三十分前に日仏に到着。するとそこにはすでに長蛇の列が……。「クズウさん、今来たんですかー!ちょっとナメすぎてますよ。もう売り切れですよ!」と別の友人に言われる。はい、ナメてます……(他の作品がガラガラだったもんで)。デプレシャンって結構人気あるんだね(爆)。リベンジを誓いつつ日仏を後にし、アキバをぶらぶら(代わりにフィルメックスでも行くかと思い、チラシをみたらあまりにも微妙すぎるラインナップだったので止めた)。蓮實先生の新刊とマリア・ヒタの新譜を買おうと店に入るが、前者はアキバの有隣堂にもブックファーストにもなく(おいおい)、後者はタワレコの値段があまりにもボッタクリすぎなので(この円高なのに輸入盤が国内盤とほとんど値段が変わらないってどーゆーことよ)、駅の反対口のレコファンに移動するがここには在庫なし……。仕方ないので二点ともアマゾンで買うことに。

Samba Meu

Samba Meu


つい最近、拙作の『吉野葛』を蓮實重彦さんと浅田彰さんに見ていただく機会があり、この作品をこれまで上映した際にもごく少数の例外(ハルトムート・ビトムスキーや知人の批評家など)を除いては全く理解されたことがないので(B学校の講師陣はもちろんのこと)*1、今回も内心ほとんど期待をしていなかったのだが、尊敬するお二人から丁寧な長文メールをいただけただけでなく、ともに朗読シーンの問題点を指摘されつつも、作品全体としては、蓮實先生は「Bravo!」と、浅田さんは「傑作」とまでおっしゃって下さったので、とても驚いてしまったと同時に、やはり自分の考えていたことは間違っていなかったと強い励ましを受けたのだった(ありがとうございます!)。もういつ死んでも悔いはないくらい(死なないけど)。この数年、あまりにも作品を理解してくれる人が少ないので、勝手に「呪われた映画作家」として自己規定し(いじける、ともいう)、もう映画撮るのやめて批評一本にしようかなとまで思っていた矢先だったので本当に嬉しかった。*2そのため撮影を担当してくれた合田典彦くん(彼自身、優れた映画作家)に、この喜びを分かち合おうと、それを伝えたところ、一緒に喜んでくれつつも「我々としてはこれを評価としては受け取らず励みにしましょう」という答えが返ってきたので、やはり持つべきものは友であると感銘を受け、浮かれ気分を覚ましたのだった。
ゴダール マネ フーコー―思考と感性とをめぐる断片的な考察

ゴダール マネ フーコー―思考と感性とをめぐる断片的な考察


映画の世紀末

映画の世紀末

*1:ただし筒井武文さんだけは理解してくれた。多謝。(追記)青山真治さんも実は評価していたとのこと。

*2:そういえばこの前のBRAINZの講義で、DV時代の映画保存が抱える問題として、個人で撮っている映画作家がヤケを起こして焼身自殺でもしたら、その作品は永久に失われてしまう、というようなことを赤坂さんが言っていて、その言葉を聞きながら我が身を振り返り、それって他人事じゃないよなー、と考えていたのだった。まあ死なんけど。