サイコあるいは爆笑の土曜日

hj3s-kzu2004-02-28

a)『サイコ』(ガス・ヴァン・サント

a) 本日はnobody主催のイベントで、蓮實重彦×中原昌也という組み合せでのトークショー。しかしよくこんな企画思いつくな。
この企画が決まった時から中原氏はどう対処したらよいのか分からず、とりあえず資料をかき集めて机の上に積んだはいいが、結局パラパラとしか目を通さずに当日に到ったそうだ。一方の蓮實氏は通常この種のイベントにはメモを作成してくるのだそうだが、前日の夜、つい手にとったジャン・ルノワールのエッセイ集があまりにも面白く、やはりルノワールは偉大だ、などと考えていたら、トークショーの準備ができずに終わってしまったという。このあたりどうもフロイト的な何かが働いているような気がしてならない。必然的にゆるい感じで対談は進んでいった。
まずガス・ヴァン・サントの作品の中で『サイコ』を取り上げようと提案したのは実は蓮實氏だったという。理由は「爆笑の土曜日の午後」にしたかったから。実際、カットごとにヒッチコックの『サイコ』を真似たこの作品でガス・ヴァン・サントは何をしたかったのか。当人はインタビューで「まだ誰もしたことがないから」と答えているそうだが、だからといって普通は『サイコ』をリメイクしようとは思わないし、そもそもユニヴァーサルの社長が止めないのがおかしい。しかもキャメラがクリストファー・ドイル。「ガス・ヴァン・サントが何と言おうとこれだけは許せません」と蓮實氏。そもそも氏はオリジナルの『サイコ』を高校生の時に初めて観た時ですら、映画館で笑いを禁じえなかったそうだ(「特に探偵が階段から落っこちるシーン」)。
ヒッチコックといえばソール・バスなわけだが、蓮實氏は彼と以前、二時間ほどタクシーに同乗したことがあるそうだ。箱根で世界デザイン会議というのがあり、氏はそこへアルバイトで来ていたのだが、ある時、大男の外国人が倒れた。この男を帝国ホテルまでタクシーで運んでくれと言われたので、見てみたら何とソール・バスだった。うんうん唸る彼と二時間も車内に閉じこめられて、かけた言葉が「あと一時間で着きます」「あと三十分で着きます」(「もちろん英語で」)だけだったそうだ。というわけで蓮實氏にとっては、『サイコ』はソール・バスの唸り声の記憶と結びついているとのこと。
またオリジナルとリメイクを較べてみて一番大きく違うのは、シャワー殺人のシーンであり、バスタブにシャワーが付いている(リメイクの方)のとシャワー・ルーム(オリジナル)とでは女が殺された後の倒れ方が必然的に異なってくる(中原氏の言葉を使えば、リメイクの方の死に方は「カエルみたい」)。この点、ジョー・ダンテは新作『ルーニー・テューンズ:バック・イン・アクション』でアニメではあるけれど、このシャワー殺人のシーンをきちんとオリジナルに忠実に再現していて、彼の方がヒッチコックに敬意を払っている。「ジョー・ダンテは偉大だ」と蓮實氏。
その後、ガス・ヴァン・サントの他のいくつかの作品についても少し言及がなされた。まず『誘う女』。ニコール・キッドマンを殺して氷の下に埋め、その上でスケートをするというアイデアは悪くない。また終盤に出てくるクローネンバーグ演じる殺し屋も良い。「彼は映画なんか撮らなくて、役者だけやっていればいいのに」とのこと。ただしもう少し物語の前の方で登場させても良かったのではないか、とも。なお蓮實氏は自分と同世代で少し年下の映画作家は徹底的に厳しいそうである。そして『カウガール・ブルース』。ユマ・サーマンのあの親指が嫌いだという中原氏に対して、いやあの親指がいいんですよと蓮實氏。氏にとって、おかしなことをする人がいるとガス・ヴァン・サントの存在が気になり出したのはこの作品かららしい。で『小説家を見つけたら』。この作品で蓮實氏はボロボロ泣いてしまったらしい。最後に自転車に乗ってくるショーン・コネリー、「あれはまるでジョン・フォードの『アパッチ砦』の騎兵隊みたいじゃないですか」と。そして今どき堂々とジョン・フォードをやってしまうガス・ヴァン・サントを「許すまじ」と思ったそうだ。
次にガス・ヴァン・サントの同世代の映画作家との比較がなされた。まずスパイク・リー。『25時』だけは悪くなかったという中原氏に対し、いやあれも含めて全部ダメ、要するにスパイク・リーって馬鹿なんですよと蓮實氏。次にジム・ジャームッシュ。ハリウッドには足を踏み入れようとはせず、しかしアメリカ映画の正統を継承しているジャームッシュに対し、ドラッグ・カルチャーなどからの出自を持ちながら、ハリウッドのメジャーで撮ってしまうガス・ヴァン・サント。もちろんジャームッシュガス・ヴァン・サントのような文化的背景を持ってはいるが、ジャームッシュの場合、いざ撮る段になると被写体とキャメラで勝負しようとするのに対し、ガス・ヴァン・サントは被写体とキャメラの間にそうした文化的バックグラウンドを介在させてしまう傾向がある。ところが新作『エレファント』では、そうしたものが払拭されて対象に直接向き合っている。したがって「『エレファント』は許す」と蓮實氏。
ところで対談で言及された作品を見ている人が会場に少なかったため(スミマセン、かく言う私もガス・ヴァン・サント半分ぐらいしか観てません……)、蓮實氏はため息をつき(「何で『誘う女』観てないんですか。だってニコール・キッドマンが出ているんですよ」と)、「まさか私が90年代アメリカ映画について書いてないことが原因だとは思いませんが」と前置きをしつつ、日本人は過去100年に渡ってアメリカ映画を蔑視してきた、自分はそれをこの40年あまりの批評活動で突き崩そうとしてきたのだ、と。どんなにくだらない映画でも必ずどこか面白いところがあるのがアメリカ映画だ、そんな映画は他に日本映画ぐらいしかない(「フランス映画でどうしようもない作品は最後までどうしようもない、ソ連映画も同様」とも)。
最後の観客からの質疑応答に関連して、蓮實氏は、ガス・ヴァン・サントは旬の役者(特に男優)の魅力を引き出すのが上手い。『キル・ビル Vol.1』も『カウガール・ブルース』がなかったら、ユマ・サーマンじゃなかったかも、と。また「ジョー・ダンテは偉大だ」と再び熱く語った。彼の『スモール・ソルジャーズ』では声の出演で「ダーティー・ダズン」(もちろん『特攻大作戦』(ロバート・アルドリッチ)の原題ね)の面々(ただしチャールズ・ブロンソンを除く)が起用されている(このあたりでようやく両氏が意気投合した)。また『Second Civil War』なども素晴らしい、とも。
とまあ、こんな感じで対談は締めくくられ、本題のガス・ヴァン・サントは結局、脇に追いやられてしまったのであった。