北京滞在記 その2

早起きしてホテルそばの朝市でおいしくてボリュームたっぷりの朝食(百円以下)を前田くん、Iさんと食べてから、バンに揺られて十分ほどで美術館に到着。空調の効きが悪くホール内は寒い。
『Island(島)』(ツァイ・インナ)は、漁師である親戚のおじさん、おばさんの日常生活を手持ちキャメラで追った作品だが、如何せん中文字幕のみなので細かい内容までは分からなかった。画面から受ける感触としては、日本の映画学校の生徒が家族を撮ったものとあまり変わらないような。
この後、昼食に。この映画祭自体、入場無料(!)なのだが、さらに凄いことに観客全員に毎日、昼食と夕食がふるまわれる(!)。小中学校の給食よろしく、みな一列になって盆をもって配給に並ぶ。近所の食堂から運んできたらしく、これまたおいしくてボリュームたっぷり。日本でもこういう映画祭ぜひやって欲しい(これが民間の団体によってなされているところが凄い)。
『Daguanying(房子)』(ジィア・ウハオ)は、都市再開発に伴う立ち退きモノの一本。そこに住む人々のインタビューと実景ショットを適度に配置して手堅く撮っているが、あまり印象には残らない。
『The Nail(釘子)』(ジャン・ヂー)もやはり立ち退きモノだが、こちらはかなりのインパクト。日本でも報道されたことがあるようだが、駅前再開発に反対した住民の家が一軒だけ残され、その周りの地面が10mほどの深さで抉り取られている。まさに都会の中の孤島。さすがにこちらはやることがエグい。映画はまずこれを報道している日本のテレビ・クルーの様子から始まり、ついで駅前での街頭インタビュー。お国柄なのか、たちどころに通行人同士で議論が始まり、その様子が面白い。さらに強烈な個性をもった通行人のおじさん(顔も凄い)が長々と自説をキャメラに向かって述べだし、言いたいことが済んだのか一旦姿を消したと思ったら、またやってきて一言述べたりする(このあたり笑える)。次にキャメラはこの家を囲んだ柵の入口に移る。この家の主人の妻が差し入れの食料を持って来たのだが、当局によって柵に鍵がかけられ入れない。野次馬たちが皆で体当たりしてその鍵を壊し門が開く。一斉に中に押し寄せる報道陣と野次馬たち。妻であるあまりにもケバいファッションのオバサンを報道陣たちが取り囲んでインタビューする。ようやく家の「ふもと」まで辿り着いたその女は、家の窓から夫が投げて寄越した紐にバナナの入ったビニール袋とコーラの一ダース箱を括りつける。引き上げられた袋から中身がこぼれ落ちたりするたびに野次馬の歓声があがる。映画は最後にこの家を構図の中心にすえた夜景のスチールに天からこの家に向かってCG合成の光が射すショットで終わる。現代アーチストである監督自身はもともとこの最後の写真を撮りたくて現場に赴き、映画自体はその副産物だったようだが、それほどいい写真とも思えないし、このショットは不要。企画の勝利。
『Please vote for me(請投票給我)』(チェン・ウエイジュン)は、小学校のクラスの級長選挙についてのドキュメンタリー。中国では日本よりも級長のステイタスが高いらしく、一定期間の選挙運動(!)を経て選出される。再選を狙う元級長、小太りで人気者の少年、優等生の少女の三人が先生に候補に選ばれる。大人顔負けにクラスメイトにワイロを渡したり、黒板前でディベートをしたり(小学生なので単なる悪口合戦に終わる)、それぞれの家庭で両親が選挙に勝つための戦略を練ったり、と興味深いシーンがいくつも出てくる。終盤まで小太りの少年が優勢かと思われたが、元級長の父親が一計を案じ、マイクロバスを借り切って先生とクラス全員をピクニックに招待するという離れ業に出て大逆転。結果、元級長が再選されるという。子供の世界を通して社会批判をした作品と言ったらいいか。ただあまりにもテレビ的な撮り方が気になったし、権力の問題を描きつつも、監督自身の持つ権力性の問題に無自覚らしい点が評価できない。また結果的に元級長が再選されたために、社会批判的なメッセージ性を獲得しているが(「中国では民主主義は根付かない」とか)、では逆に小太りの少年が当選したら全く逆のメッセージ性を帯びるに違いない(「民主主義は素晴しい」とか)。どうも撮る前から予め結論が予測されていたような気がして、そこが詰まらない。
夕食後、「黄牛田電影」グループによって、彼らが現在住んでいるそれぞれの都市をテーマにした短編が続けて上映された。
『A Song(阿松)』(ガオ・ミン)は、向いのアパートに住む女の子の様子を自室の窓の隙間から覗き見る少年の青春の鬱屈の感じがよい。結局、これは片思いに終わるのだが、浮かない顔の少年に色っぽい美容師の若い女が誘いをかけ(鏡を使った視線のやりとりがよい)、その後、黒画面にオフでセックスする二人の吐息がかぶるなど形式面でもなかなか考えられている。てっきり少年と美容師は恋愛関係になったのかと思っていたのだが、Nさんの説明で、中国の美容室というのは性風俗店的な面があると知る。
『Left or Right(左右)』(ガオ・ミン)はシンセンの街をドライブしながら、車窓から手持ちキャメラで左右にある建物を名指していくだけの作品。そこに出てくる建物の選択に社会批判的な側面があったようだが、撮り方と発想が安易な気が。
『Noise<短縮版>』(ワン・ウオ)は、固定の長回しで延々、祝い事の爆竹が次々に鳴る様を捉えた冒頭のショットから、この映画作家が本物であることがわかるが、長尺版ではこれが45分続くという(ぜひ見てみたい)。その後、天安門前を車で流しながら大騒ぎする、オリンピック開催決定に沸く若者たちの姿を映し、警官隊が彼らを制止するところで終わるという作品で、いやでも「あの事件」を想起させる。
『Up&Down(上下)』(ワン・ウオ)は上下二分割にされた画面に逆方向に走る地下鉄の車窓から撮られた映像が配され、そこにオフで乞食の歌声が被さる(前田くんの教示による)。さらに天安門前の国旗が降ろされる様子などが映しだされたりする。前衛的なフォルムに政治的なメッセージが込められた独特な作風を持つワン・ウオ(王我)の作品は日本でも紹介されるべきだろう(このあたりは前田くんが中国独立ドキュメンタリー特集を企画しているのでお楽しみに)。
『Lead to(通道)』(チァオ・ダーヨン)は、固定ショットで広州の街の様々な断片をモンタージュしたもの。深い霧の夜景に稲妻が走るショットが美しかった。
その後、サプライズ上映で『お城が見える』(小出豊)が上映。その後、今回の日本短編特集の紹介を兼ねて、Iさんと私が前に呼ばれて挨拶をする。
全ての上映後にジュ・リークンの提案で別室に集まり、今日来ていた映画作家全員と観客たちで、ここ二日間に見た作品についての討論会が始まる。私たちも前田くんに同時通訳してもらいながら参加。話題の中心は『Please vote for me』に集まり、そこで描かれていた民主主義の問題について熱い討論が繰り広げられた。ただ聞いていた感じでは、彼らの議論というのは作品そのものに向かうというよりは、そこで描かれていたものに向かうという傾向が強かった(このことは数日後の私自身のQ&Aでも感じたことだ)。
以上、朝十時から夜十時までたっぷり映画漬けになってクタクタになりながらホテルに戻る。私の部屋がちょうど廊下の中央に位置していたので、以後、日本人勢の溜り場となる。テレビで『太陽の帝国』(スピルバーグ)が流れていたので(もちろん中国語吹替え)、皆でそれを見ながら深夜までお酒を飲みつつ歓談。
なおドアロックは思いっきり身体でドアを押せばかかることが判明。またエアコンはリモコン(中文表記)の設定方法を前田くんが教えてくれ、テレビのリモコンはヨ氏が電池を替えてくれ使えるようになった。今夜はお湯も出るし、昨日とうって変わって途端に快適になる(もっとも水量は弱いし、温度の微調整はできないのだが)。