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ヤマガタ2009 その1

a)「ヤマガタ・カテイシネマ」より
『アダチカテイシネマ』『佐藤久吉ホームムービー集』○
b)『包囲:デモクラシーとネオリベラリズムの罠』(リシャール・ブルイエット)△
c)『生まれたのだから』(ジャン=ピエール・デュレ/アンドレア・サンタナ)△
d)『ダスト ―塵―』(ハルトムート・ビトムスキー)◎
e)『ユリ 愛するについて』(東美恵子)△

猛威を振るった台風も過ぎ去り、ほっと一安心して夜行バスに乗り、明け方に山形駅前に到着。まだマックとか開いてないので、とりあえず重い荷物を駅のコインロッカーに預け、なか卯で朝食を取ってから、隣のビルのネットカフェに入る(前回も初日の朝はここで時間を潰した)。ジャック・ロジエ回顧展の解説原稿のゲラに目を通していたら、あっという間に九時になり、フリーパスを引き換えに中央公民館まで行く。そこから再び引き返して駅の反対側にあるソラリスへ。宿がすぐ駅前なので、この劇場をメインに観賞計画を立てることに(宿から歩いて三分!)。で、コンペはビトムスキーとモグラビくらいしか見たいのがないので、「やまがたと映画」とギー・ドゥボール特集を中心に攻めることに決定(結局、メイン会場の中央公民館には今年は二回しか行かなかった)。

「ヤマガタ・カテイシネマ」は戦前に地元の人が撮ったホームムービーなのだが、これが何とも良い。映っている被写体が貴重である点もさることながら、映画というものの根本がやはり写真映像であることを再認識させられ、ロラン・バルト風に言えば「かつて・そこに・あった」ものたちが、ホームムービーという性質上、観客として想定されていなかった赤の他人の私たちに、70年の歳月を経て届けられていることがまず感動的。しかもアマチュアとはいえ、誰もが気軽に映像を扱うことができた時代ではなかったゆえの「撮ること」に対する意識の高さがショットから感じることができた。この意識の高さこそ、現代における数多くのセルフドキュメンタリー系作家の映像の自堕落さとは対極にあるものではなかろうか(DVで撮られたそれら無数の映像たちは果たして70年以上の歳月を耐えることができるだろうか?)。
『包囲』は、生真面目な大学院生の論文みたいな映画。生真面目が取り柄なだけに、網羅的ではあるが、構成の面白味に欠け、全体としてはとても平板な印象を受ける。そのため160分ある上映時間もかなり苦痛で、章ごとに分かれているのだが、そろそろ終わるかなと思うと、すぐまた次の章のタイトルが出て「まだ続くのかよ!」と疲労はいや増すのだった。ただ、よかったのは反ネオリベの論客として日本でも知られるスーザン・ジョージのショットで、白く大きな襟のついた黒いブラウスを身にまとい、夢見るような眼差しでやや上方を見ながら、英語なまりのフランス語でおっとりと語る老齢の彼女の姿は実に魅力的で、男性たちが反ネオリベ的な言辞を早口に捲し立てるこの映画の中で、唯一、静かだが芯の通った女性の思想家として上品な輝きを放っていた。
『生まれたのだから』は、ブラジル独特の鮮やかな色彩感覚に満ちたショットの艶など、技術的な面において見るべき点はあるが、現地人を使ってある程度「演出された」シーンが中途半端な印象を受けるし、何より個人的に引っかかるのは、先進国の人間が発展途上国に赴いてドキュメンタリーを撮る、というまさにこの点である。フラハティ以来、ドキュメンタリーがエキゾチズムとともにあったのは確かだが、にも関わらず、フラハティは決してこの映画のようなヒューマンな「いい話」に落としどころを見つけようとはしなかったし、エキゾチズムを免れることもできた。この映画のショットのartyな装いは、果たしてこの主題を扱うにあたって適切なものなのだろうか。作者たちの善意を疑うつもりはないが、結局のところ、これも一種の搾取だろうし、個人的には「いい気なもんだ」との感想しかこの作品には浮かばなかった(例えば、これはフィクション映画だが、ブラジルの映画作家ネルソン・ペレイラ・ドス・サントスの『乾いた大地』と比較してみるとよい)。遠く離れた地に赴けばいい画は撮れるだろう。しかしドキュメンタリー作家に必要とされるのはもっと地に足のついた態度ではなかろうか。他国の問題に目を向けることが、自国の問題から目を背けることであってはならない(もっとも自分の半径十メートルしか見ないような輩は論外)。周りを見渡せば撮るべき主題はいくらでもあるだろうし、それを扱うことは美しい映像を撮ることより重要なことだと思う。
などと見終わった後につらつら考え、食事に行くつもりで、ソラリスの上りエスカレーターに乗りながら、ふと見上げるとちょうど下りエスカレーターでビトムスキーが降りてくる。六年ぶりの再会なので覚えてくれているかどうか、ちょっと心配だったが、すれ違いざまに「ハロー」と声をかけてみる。すると「あっ、お前はあの時の!」という驚きの表情で指差すので、私も笑顔を返すが、反対方向のエスカレーターに乗っているので距離はみるみる離れていく。もういっぺん下りエスカレーターで降りようかとも思ったが、向こうも次の回の上映の準備で忙しいだろうから、そのまま建物を出ようかと思うと、何とビトムスキーがわざわざ上がりエスカレーターで戻ってきてくれた。これにはいたく感動。しばし六年ぶりの再会を喜び、近況などを。もっともスピーキングは得意ではないので、向こうの質問にカタコトで答える程度なのだが。「“次の回”の上映見ますよ」と言うつもりで「next time」と言うと、残念そうな顔をするので、慌てて「this time」と言い直す。
『ダスト ―塵―』は前作『B-52』同様、一つの主題についての映画というよりは、その主題に関わる人々を次々に提示していく構成がややまとまりを欠くきらいはあるものの、やはり映画作家自身が自負するように、主題の選択の仕方には実験精神が感じられるし、何しろ古典映画をこよなく愛する彼ゆえ、あらゆるショットが見事に決まっているし、それらがきっちりと編集されているのは、当たり前と言えば当たり前のことながら、今やこの「当たり前」なことすら大半のドキュメンタリー作家ができない時代にあって、こうした姿勢は極めて貴重で反時代的なものである。撮影所システムの崩壊は、フィクション映画だけでなく、同時代的にドキュメンタリー映画にも影響を及ぼしているのではなかろうか。『ダスト』を見ながら、ゴダールストローブ=ユイレを通過した後の「文化映画」(あるいは「教育映画」、「科学映画」)とはこのようなものではなかろうかと思う。ラストは『サイコ』(ヒッチコック)のラストを連想した。上映後、ロビーにいたビトムスキーに「グレイト!」と言って親指を立てると、「おお、気に入ってくれたか」と顔をほころばせる。
『ユリ 愛するについて』は、在日の二十代の女性とそれより48歳年上の「おっちゃん」との恋愛関係を描いたものだが、この「おっちゃん」には個人的には全く好感が持てず、単なる無責任なエロオヤジにしか見えなかった(失礼!)。やはり女性の父親にキチンと会って結婚の承諾を得るというプロセスから意識的にか、無意識的にか、口先とは裏腹にこの「おっちゃん」は逃げているとしか思えず、そのため二人の関係も別れてはまたつき合うという悪循環をズルズル続けているだけのような気が。まあそういう他人の実生活の問題はさておき、映画自体に目を向けると、二人が泣いている姿が頻繁に画面に登場するのだが、何がやりたいのかさっぱり分からない。おそらく二人の間にある「障害」を慮って感情移入せよということなのだろうが、その「障害」をキチンと描いていないのでこちらとしても感情移入のしようがない。こうした描写をすっ飛ばして感情移入しろというのは、まさに世間一般で何となく共有されたある種のイメージというか物語というかクリシェにおもねっているわけで、普通、そういう人のことを映画作家とは呼ばない。時折、挿入される静止画もただartyなだけで、こんなことをする暇があったら、もっと他に描くべきことはあるのではなかろうか。つまり、この二人の生きる空間と時間の隔たりを。やはり時々意味ありげに画面にクロースアップされるカマキリとかホント思わせぶりだが、その実、何も語っていないと思う。
上映後、トークは聞かずにおとなしく宿に帰る。