読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

関西訪問記Part3 その1(実は三日目)

トーメ見たさに大阪からとんぼ返りしたはいいが、朝までコースの後、渋谷から始発で帰宅し、そのまま新宿に戻って昼バスで大阪へ。さすがに道中爆睡。大阪に着くと、ホテルで一息ついてから、「大阪短編映画特集」を見に歩いてプラネットへ。今晩のトークの打ち合わせも兼ねて、安川さんとケンシロウさんも誘う。
『包む』(唐津正樹)は、この映画作家のフィルモグラフィー中、唯一未見だった最新作。『赤い束縛』でもそうだったが、監督本人とは全く異質な世界に生きる人たち(今回は子持ちの二十代ギャル)に向けられる人類学的な視線はとても興味深い。
『共鳴くカケラ』(松岡奈緒美)は、流産した記憶を引きずっているヒロインが出産を控えた友人と会話をする喫茶店のシーンで、友人のバッグから編みかけの毛糸の産着がはみ出ているのを見て、思わず泣いてしまうというところの演出が決定的に失敗していると思った。
『結婚学入門(恋愛篇)』(佐藤央)は、オムニバス『葉子の結婚』の佐藤編と全く同じ内容だが、初見で駄目だと思った安易なエフェクトを使ったワンカットが差し替えられていたので、そこは正しい判断だと思う。で『葉子の結婚』についての感想の「心ない書きっぷり」を監督本人に呆れられてしまったので、真面目に書くと(といっても本人に伝えたことを繰り返すだけど)、「レオ・マッケリー風のソフィスティケイテッド・コメディな世界にハーポ・マルクスを放り込んでみる」(これと全く同じことを初見の後すぐに私も本人に伝えた)という心意気はよしとするし、古典的ハリウッド映画に範を仰いだ画面設計や俳優の演技も彼のこれまでの作品中、最も洗練されていると思うし、そもそもメロドラマ的な作品ばかり撮ってきた人だけに正直コメディには不向きかと思っていたのだが、意外にメロドラマよりコメディの方が資質に合っているのではないかという軽い驚きもあり、何より彼の作品中、最も好感の持てるものではあったのだが、やはりことごとく「ギャグが滑っている」のはコメディとして如何なものかと思わないではないし(特にラストに向けて笑いのボルテージが下がっていくのは不味いと思う)、最大の疑問点は、確かにある種の「古典的な規範」を目指し、それにある程度までは成功しているにせよ、果たして二十一世紀の映画作家がそれに甘んじていてよいのだろうか、何かそこに新しく付け加えるべきものはないのだろうかということに尽きる。例えば、エドワード・ヤンの作品はそうした指針を私たちに与えてくれはしなかっただろうか。
『夜光』(桝井孝則)には深く感動させられた(id:hj3s-kzu:20091128)。
こちらの上映の時間が迫っているので、作家たちによるシンポは聞かずに急いで九条まで移動。道中、自分たちのことはそっちのけで、今見たばかりの『夜光』について興奮して語り合う。
で会場に着くと、鎌田哲哉さんがわざわざ岡山から見に来て下さっていた。これには感激。三上さんにも再会。しかも上映後、鋭い質問をいただく。トークは後半やや迷走したが(『妖怪人間ベム』の話とか)、なかなか面白い内容だったと思う。で朝までコース。