優しい娘

a)『優しい娘』(塩田明彦)★★★
a)風と森の映画。様々な階調の緑に溢れた画面の中を白いドレスを着た娘たちが横切り、キャメラに向って語りかけ、意識を失って地面に横たわる。この緑と白を基調とした色彩設計は、ヒロインが墓守(ただ原っぱに白く塗られた木の十字架が三本立っているだけの抽象的な空間)の青年に手渡す林檎や、吸血鬼の手にした黒い革靴の中から滴り落ちる鮮血の赤さと際立ったコントラストをなしている。そして何よりも素晴らしいのは全編にわたって感じ取ることのできる大気の変化である。優れた映画作家とは、水、火、風、大地(要するに世界を構成する四大元素だ)が示す様々な表情を撮ることのできる人のことだと思うのだが(ちなみにソクーロフはあの美しい『ストーン』の中でこれら四つ全てを撮るという離れ業をやってみせている)、『優しい娘』の作家は、この映画の語りの上での重要な結節点である二つの別離(恋人との、兄との)の瞬間に、不意にそこに流れる風によって登場人物たちの背後に控える樹々たちが大きく揺らぐ様子を記録映画的な視線によってキャメラに収めている。そしてそれを見る私たちのエモーションもそれによって揺り動かされるのだ。これを撮った時、彼はまだ二十歳そこそこの大学生だったという。恐るべし塩田明彦。なお若き日の万田邦敏がヒロインの窮地を救う、スナフキンのような森番を演じていて、何故かショットガンを構えたりするのだが、それが妙に決まっている。