ココロ、オドル

hj3s-kzu2004-02-10

a)『ココロ、オドル』(黒沢清

a)黒沢清の最新作。ただし劇場公開作ではなく、雑誌「Invitation」の付録である。昨年、ベルナール・エイゼンシッツが編集長をつとめる「cinema」(本当はeの上にアクサン記号がつく)の第五号に溝口健二の『東京行進曲』、しかもこれまで日本で観れたバージョンではなく、シネマテーク・フランセーズが発見・復元した素晴らしいバージョンが付録について話題を呼んだが(しかも最近出た第六号ではジャン・ユスターシュの『ヒエロニムス・ボスの快楽の園』と『求人』の二本立てである)、日本でもこういう試みはもっとなされてもよい。
さて、作品の中身だが、監督自身が撮影も担当し、抽象的なスクリーン・プロセスの使い方がなされ(高橋洋の『夜は千の目を持つ』で使われたような)、しかも媒体がDVの短編ということから、前回の短編『2001年映画と旅』を想起させる。しかも『2001年映画と旅』が「9.11」に対する彼なりのレスポンスであったように、今回の作品も衣装や舞台背景を見る限り、「アフガニスタン」や「イラク」のことがどうしても連想されてしまう。しかし以前、『ミスティック・リバー』について書いたように、作品自体そのようなアレゴリカルな読みを許容するとしても、そのことと作品の評価とは全く別の話である。
確か氏の『映像のカリスマ―黒沢清映画史』だったはずだが、8ミリ映画を監督する人間というのはしばしば撮影しているうちに8ミリ映画キャメラマンに陥ってしまう傾向があるというような主旨の文章を読んだ覚えがある。この作品を見ている間、何故かその言葉が頭から離れなかった。とはいってもこの作品のキャメラワーク、演出のどれをとっても黒沢氏らしさが出ているし、ひょっとすると8ミリ映画時代の自由闊達さと現在の作家的成熟とが見事にブレンドされているとも言える。ただ疑問に思ったのは一点。果してモブシーンの演出はあれで良かったのか。エキストラたちの動きの切れがどうも甘いような気がして、監督自身あれで満足しているのか。おそらく予算・スケジュール・技術の面で氏のヴィジョンを十分表現するまでには行かなかったのかも知れない。またエキストラの男女の顔の選び方もあれでよかったのか。見ていてひょっとしてこの映画は映画美学校の生徒をスタッフ・キャストに使った実習的な作品なのかもしれないと思い、最後のクレジットに目を凝らすと見知った名前がいくつも出てきた。ただそういったことは卑俗かつ些末なことなので、この愛すべき小品を批判する理由にはならない。ただ演出と撮影を兼ねてしまったために、浅野忠信のような素晴らしい役者は問題ないとしても、その周りを囲む群集たちの演出にまでは目が行き渡らなかったのではないかという疑問は残る。ただし急いで付け加えておこう。キャメラマンとしての黒沢清というのもなかなかのものである(このことは『2001年映画と旅』でも確認しうる)。最後のカット、丘の稜線の向こう側から、難民(?)たちがかけ降りてくるのを受けのポジションで捉え、そのうちのメインの二人がそこから浅野忠信の方へ歩いていくのをパンで捉え、合流した三人がキャメラの背を向けて丘の向こうへと遠ざかっていく後ろ姿を送りのポジションで捉える長回しなどはとても充実した画面だったのだが、これはキャメラマン黒沢清の手腕なのか、あるいはまた演出家としての黒沢清技量なのか。
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なおこの「Invitation」の最新号には、昨年の末にアテネフランセで行われたペドロ・コスタ青山真治両氏の対談が採録されているので、あの時行きそびれてしまった人にはぜひ購入することをおすすめする。普段は最後の方の映画評と音楽評だけ立ち読みして済ませてしまうのだけれど、今回ばかりはついつい買ってしまった。何か最近、自分でもペドロ・コスタのことばかり書いているような気がする。世間でもブームになりつつあるようで(おそらく三月の再来日でそれはピークに達するはずだ)、四年ほど前に『骨』を観て以来のファンとしてはおかげで初期の作品も見れることだし喜ばしい限りなのだが、その反面、昨年亡くなったもう一人の偉大なポルトガルの映画作家が忘れ去られているようで悲しい。それはもちろんジョアン・セーザル・モンテイロのことなのだが、彼の『ラスト・ダイビング』や『神の結婚』といった傑作を観たことのある人ならば、この言葉に納得してもらえるだろう。彼のレトロスペクティヴが日本で行われるその時まで、これからは孤独にモンテイロ、モンテイロとつぶやき続けることにしよう。折しも最近、フランスで彼の全作品を収録したDVD-BOXが発売された。ポルトガル語映画のフランス語字幕なのでやや腰が引けてしまうが、思えば、今では信じられないことだが、オリヴェイラの傑作群が日本で初上映された時には字幕など付いていなかったのだ。それでも充分面白かったし圧倒されたものだ。なので欲しい。