L’Exercice a ete profitable, Monsieur

a)『AA―音楽批評家:間章』(青山真治
以下、檄文。

この映画は、青山真治という映画作家の形成過程に決定的な影響を及ぼした、夭折の音楽批評家・間章(あいだ・あきら)に捧げられた7時間半の長篇ドキュメンタリー映画です。7時間半という上映時間がどの位のものかというとゴダールの『映画史』(4時間半)より長く、クロード・ランズマンの『ショアー』(9時間半)や王兵の『鉄西区』(9時間)より短い、といえば実感できるでしょうか。この映画の反時代的な企ての一端がこの上映時間ひとつをとってもお分かりになると思います。あとは劇場に行って、そこで展開される思考の奔流と言葉の波に唯物論的に打たれていただきたいと思います。間章のことなど全く知らなくてもこの映画を楽しむことはできます。まさにゴダールストローブ=ユイレの作品をそれらが私たちに投げかける視覚的・音響的な記号に打たれることで楽しむことができるように。今、不用意にゴダールストローブ=ユイレの名前を出してしまいましたが、そのためにかえってこの作品を敬遠される方がいらっしゃるといけないので慌てて付け加えると、この映画はもちろんドキュメンタリー映画でもあるわけで、ドキュメンタリー一般に関心のある方にもぜひ見ていただきたいと思います。またこの映画は当然、音楽をめぐる映画でもあるわけで、ジャズやロックを愛する方にも見ていただきたいです(もちろんJ-POPしか聴かないあなたもOK)。各人の関心に応じて、この巨大な映画にアクセスすればいいし、そうした間口の大きさをそなえている作品だと信じます。そして7時間半の映画の旅を通過したあなたは、世界にはまだ自分にとって未知の領域が大きく広がっていること、そしてそのとば口に自分は今まさに立っているのだということを必ずや実感されることでしょう。そしてその未知の領域をこれから探検する喜びが自分には残されていることを。映画批評家・安井豊の言葉を借りれば、今日の日本映画が失ってしまったものは「知性」と「道徳性」です。『AA』はまさにこの頽廃に「ノン」を突きつける映画なのです。
(以下、蛇足)ところでスタッフのクレジットを見て「資料部」とあるのを不思議に思った方が多いでしょう。「何するパート?」「資料整理?」とか。一応、元「資料部」の一員として一言説明しておきます。間章のテクストを読んだことのある方はお分かりだと思いますが、彼の批評は単に音楽を扱っただけのものではなく、文学・思想・芸術といった多岐に渡る領域を横断するものです。したがって「資料部」の最初の仕事としては、間章のテクストの理解の助けとなるような用語集や事典の役割を果すものを作成し、彼の批評が扱った音源をスタッフ全員に提供すること。次に間章のテクストを読み込み、インタビュー対象者のリストアップをすること。さらに決定されたインタビュー対象者に関する資料や彼らが批評家である場合、さらにそのテクストを読み込むこと。それに基づいてインタビュー用の質問原稿を作成すること(これが一番重要な仕事)、以上です(ちなみに私は大友良英さんと佐々木敦さんを担当しました)。スタッフ全員はこの映画の撮影にあたって、かなりの量のテクストを読み、音源を聴きました。そしてそれらは私たちの大半にとって新鮮な驚きでした。この驚きをぜひ皆さんにも体験していただきたいと思います。上述したように予備知識抜きにいきなりこの映画を浴びるように見ていただいて構わないのですが、せっかく公式サイトがあるのですから、キャストの顔と名前と経歴、間章の年表などにざっと目を通しておくともっとこの映画を楽しめるかもしれません。
皆様のお越しを心からお持ちしております。
『AA』公式サイト http://www.aa-movie.com/index.html
なお、この映画によって間章のテクストに実際に触れてみようと思われた方には『僕はランチに出かける』と『この旅には終りはない』が読みやすく、彼のエッセンスが凝縮されていてオススメです(ただし絶版なので古本屋か図書館で探してみて下さい)。

間章クロニクル

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