ペキンパーまつり/名前のない森

a)『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』(サム・ペキンパー
b)『キラー・エリート』(サム・ペキンパー
c)『バイオレント・サタデー』(サム・ペキンパー
d)『名前のない森』(青山真治

a) 本日は「ペキンパーまつり」なり。冒頭、物語の始点で発射されたビリー(クリス・クリストファーソン)の銃弾が時空を超えて物語の終点のジェームズ・コバーンの身体を貫く。またこのモンタージュは鶏が鏡の役割を果たしていて、そこで二人が鏡像関係にあることが示されている。清順みたいなことを素知らぬ顔でやってのけるペキンパー恐るべし。男たちは名前が残ることを条件として自らの死を受け入れていく。結局、西部劇とは生命と固有名が等価であるような時空間なのだ。そして彼らは無数の固有名に彩られた小さな物語を楽しげに語る(その多くは語り手の死と共に消えて行く)。ラスト、卑怯な手段でクリストファーソンを撃ち殺したコバーンはすかさず鏡に映った自分に向けて引き金を引く。なぜなら彼はかけがえのない自分の分身をたったいま永遠に失ってしまったから。メガネ姿のボブ・ディランがいたずらをして叱られた少年みたいでかわいい。なおこの作品で導入された階級闘争の主題はマイケル・チミノの『天国の門』でより大掛かりに反復される。そしてそこでビリーはブルジョワ・エリート出身の飲んだくれの情けない保安官として復活し、再び民衆の側に就くだろう。


Pat Garrett & Billy the Kid


発売日 1994/04/25
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b)『殺しの烙印』(鈴木清順)、『殺しのダンディー』(アンソニー・マン)と並ぶ目に見えない陰謀が張り巡らされた殺し屋映画の傑作。現代のチャイナタウンが一瞬にして開拓時代の西部の町に変貌する。実際、このシーンでの街路と屋上を結ぶ斜線に沿って展開される銃撃戦は『ワイルドバンチ』の冒頭での銀行強盗のシーンの空間把握の仕方にそっくりだ。また前半で中国人の亡命政治家が暗殺者集団(「ニンジャ部隊」!)に空港で襲われるシークエンスと数時間後にそれが新聞記事として別の空間で別の人物たちによって語られるシークエンスをあたかもそれが今起こりつつある出来事のように錯覚させる並行モンタージュなども素晴らしい(ドゥルーズが「時間−イメージ」の例として取り上げてもよさそうなものだ)。この作品におけるペキンパーの編集は冴えまくっていて、後半の「船の墓場」でのシーンを見ても分かるように、一瞬のインサート・ショットを挿入することで、舞台をたちまち殺意と罠に満ちた裏切りの空間に変えてしまう。あとタクシーに仕掛けられた時限爆弾をめぐるシーンがユーモラスだった。


Killer Elite / Movie


発売日 1995/06/15
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c)ペキンパーの遺作。結局、彼が『ワイルドバンチ』以降の作品でやろうとしたのは、ネオレアリスモからヌーヴェル・ヴァーグへと到る流れの中で全面的に開花した「時間−イメージ」の時代になお「活劇」は可能なのかという問いを自らの作品によって答えていくことだったのではないか。そしてその到達点が『キラー・エリート』だろう。だが、この作品においてはその上、「見ること」と「行動すること」との分離が押し進められ、それを体現するのがジョン・ハート演じるCIAのエージェントである。彼は自分の妻(実はポーランドのスパイ)がKGBに暗殺される瞬間を監視システムが隠し撮りした映像に呪縛され、今度は逆に自らが監視システムを駆使して他人を破滅させるという反復強迫に捕われた一種の狂人である。このジョン・ハートが呪縛されている映像は、あたかも安っぽいソフト・ポルノのようなものとして始まるのだが、その映像において文字通り、セックスと死が結びついている。だからこそ、彼は監視システムによって他人の寝室を覗き、彼らのセックスをザッピングするのだ。そのためか、ペキンパーの作品には珍しく、女性が能動的かつ誘惑的なものとして艶やかに描写されている。これは彼の西部劇に出てくる娼婦たちの描写の対極にあるものである(そこでは女性の裸体は添え物のような形で画面に饗されていて、官能のかけらもない。ただし『砂漠の流れ者』の娼婦は例外かもしれない)。そしてジョン・ハートはあくまで「見る」人物として提示されていて、殺戮を行うのは部下の役目である。彼は監視システムを積んだトラックの中から出ていこうとはしない。ラスト、妻子を誘拐されたTVキャスターのルトガー・ハウアージョン・ハートを欺くために、すでに収録済みの自分の映像とバート・ランカスターのライブ映像を巧みにモンタージュして生放送の番組を成立させる。ヘリから戦闘服に身をつつんだ人影がハートの隠れ家に突入し、今テレビに映っているハウアーが彼の目の前に現れる時、私たちもハートと同じように驚愕する。と同時に最後までペキンパーの主題が「時間」であったことを知り深く感動する。なお監視システムは双方向にもなっていて、テレビモニターを使ってキッチンでハウアーとハートが密談をしている時に男たちがやってきた時に、操作板の故障で慌てたハートがTVアナウンサーの振りをして天気予報を読みはじめるシーンが可笑しい。確かこのネタ、佐々木浩久の『発狂する唇』か『血を吸う宇宙』で使われていたはず。


バイオレント・サタデー


発売日 2001/07/06
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d)テレビ放映時に感じていた違和感がこのDVD版で一気に氷解した。テレビ版では、画面の良さを殺すような分割画面、中途半端なフレーム、そして永瀬正敏の顔をした樹を出すタイミングなど全てが本当にこれでいいのかと思ったものだが、いいわけはない、それらはテレビという名の妥協の産物なのだから。しかしこの全長版は実に素晴らしい。これを見ると本当のフレームサイズはスタンダードではなくヴィスタだということが分かるし、せせこましい分割画面もない。例の樹が出てくるタイミングも決まっている。そして何より大塚寧々が実に美しい。キャメラは彼女が最初に出てくるカットで顔から始まりスリッパを履いたつま先で終わるなめらかなパンで、彼女を捉えるのだが、その足先はやはりサンダルをつっかけていた『ユリイカ』の椎名英姫の足先のように華奢で美しいが、同時に彼女の死を予告している。


私立探偵 濱マイク 6 青山真治監督「名前のない森」


発売日 2002/11/22
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