喜劇 特出しヒモ天国

a)『喜劇 特出しヒモ天国』(森崎東
美しい。ただただ美しい。もちろん描かれている世界はストリップの世界で、出てくる登場人物たちは関西弁をまくしたてるバイタリティあふれる人たちで俗悪極まりないのだが、にもかかわらず、というかそうであるからこそ、それが美に、さらには抵抗へと転化していく。その変転をこの作品の中で最もよく体現しているのが、アル中女の芹明香だろう。説教僧の殿山泰司が目の前の老婆たちにメガホンを使って説教をしている室内の全景をパンで捉えた冒頭のショットの終点に浮浪者のような格好をした彼女が壁にもたれて座っているのだが、あまりにも薄汚いので、日活ロマンポルノで私たちが見覚えのあるあの芹明香だとは最初気づかないほどである。このお寺の裏の墓場と地続きにストリップ小屋の裏口があって、まだそこがストリップ小屋だと知らされていない私たちは、池玲子が墓場を通って、小屋の裏口から入り、そこにいる婆さんと立ち話をしながら、いきなり無造作に豊かな胸を曝け出して舞台に上がる準備をする時、一体これから何が始まるのだろうかと引き込まれる。性と死が空間的にも時間的にも並置される映画的にあざやかな瞬間である。その間中、殿山泰司の説教は延々と続いているのだが、舞台上の恍惚とした表情の若い踊り子たちの美しい表情と、説教を聞く老婆たちの表情とが、軽快な音楽に合わせて、さらに過激にモンタージュされる。冒頭でこうした鮮やかな対比を示した上で、しかしそれが単なる図式ではなく、根底で運動を突き動かすものとなっている。警察の手入れで踊り子に欠員が出て、藤原釜足が引っ張ってきたのが、隣の寺にいたアル中女の芹明香なのだが、彼女はたちまち小屋の人気スターになってしまう。実際、大股を開いて秘部からクラッカーを連発してならす彼女の大らかさはとても魅力的だ。そして藤原釜足。この戦前の成瀬作品の中で私たちが愛した名優の晩年の姿には心打たれるものがある。彼が踊り子たちに芸を教え込んでいく様は感動的だ。その熱心さゆえに後半、彼は命を落としてしまうのだが、その直前で彼が唄った「男と女の間にはふかくて暗い河がある〜」で始まる「黒の舟唄」が、焼け残った小屋の舞台に設えられた彼のささやかな葬儀の場で、冒頭の寺の場面のように隅にひとりうずくまっていた芹明香によって口ずさまれ、さらには彼女のストリップへと展開していく時、性と死が隣り合わせであることを見るものは瞬時に理解し、その結晶したイメージのあまりの美しさにただただ呆然とし涙を流すことしかできない。この残酷さと隣り合わせの美しさは若い聾唖者の夫婦のエピソードにも見ることができ、そこではやはり私たちは泣きながら笑うことしかできないだろう。山城新伍が支配人であるストリップ小屋(彼もまた車のセールスマンから支配人へと変転した人間である*1)に、府警の一斉手入れによって、大混乱を引き起こされ、どさくさに紛れて川谷拓三が山城新伍を刺す時に、ただ殿山泰司の説教だけが聞かれる素晴らしいスローモーションの場面もそうしたものだろう。ラスト、護送車の中の女たちを車の外から捉えたショットに「黒の舟唄」が重ねられる時、それは美へと結晶したイメージが抵抗へと変転する瞬間であり、金網ごしの芹明香のクローズアップはそのようにして定着される。

森崎東レトロスペクティブ@シアター・イメージフォーラム
http://hadasi.jp/topics/1018.html

b)『病院』(フレデリック・ワイズマン
c)『日本の秘境「奄美大島」』(森崎東
d)『20世紀の映像-遺書-ある海軍予備学生の日記から』(石田晃三)

*1:さらにこの主題は、男から女へと変転したカルーセル麻紀と、その恋人で、シーンが変わるたびになぜか職業をコロコロ変えている川地民夫によって変奏されている。