野良犬

a)『野良犬』(森崎東
b)『喜劇 女は度胸』(森崎東
a) 往々にして名作映画のリメイクというのは、オリジナルを超えることがないものだが、これは数少ない例外。個人的にはオリジナルより優れているのではないかと思う。森崎版『野良犬』の創意は犯人を複数の若者にし、しかも彼らを沖縄出身にした点にある(この作品は沖縄返還の翌年に撮られている)。黒澤明の作品がしばしば退屈なのは、彼が多数者の視点から善悪を描く点にあるように思われるのだが、森崎東の作品においては、もはや「正義」とは不問に付されるべきものではなく、少数者の視点によって絶えず揺さぶられている。緑魔子の眼帯に始まり、最後に渡哲也と対決する犯人のサングラスにいたるまで、視線を遠ざける遮蔽物(それには凶器を隠している骨壷も含まれる)の主題が要所要所で現れるが、それはとりもなおさず、最後に犯人が口にする「もっとも撃ちたい奴」が、私たちの視線から何重にも隠された場所にいることを強調せんがためである。その意味では日本映画において真に不敬性に迫り得た数少ない映画の一つである。犯人グループの友人である少女が廃屋で仲間に危険を知らせるために唄う沖縄民謡が夜の闇に響きわたる場面はとても美しく胸を打つが、彼女が渡哲也の前に裸身を晒す場面は、この作品の主題系列にあって特異点を形成する。そして芦田伸介の葬儀の夜に、打ちひしがれた渡哲也が嵐の中、雨戸を打ち付けて内部を遮蔽しようとする姿が感動的なのも、彼が必死にこの家庭を外の力から守ろうとしているからだろう。そういえば、翌朝、食卓で赤木春恵によって語られる芦田伸介との馴れ初めのきっかけは、彼が彼女の家を囲む垣根越しに彼女と視線を合わせたからではなかっただろうか。オリジナル版のキャストからは唯一、千石規子が出演し、屑屋の社長夫人を演じている。
野良犬 [VHS]
喜劇・女は度胸 [VHS]