a)『今宵こそは』(アナトール・リトヴァク)★★★★
b)『私と女王様』(フリードリッヒ・ホレンダー)★★★
a) リトヴァクが渡米前にこんな洒落た映画を撮っていたなんて!「テンポ!テンポ!テンポ!テンポ!テンポ!」と主人公のテナー歌手に女性マネージャーがリズミカルにまくしたてる冒頭から一気に引き込まれる。あっという間に次の公演先に向う列車に乗せられたテナー歌手は、マネージャーからズラかるために、スイス行きの列車に乗り換える。そこで意気投合した男(実は食わせ者だということが後で分かる)とテナー歌手を現地の新聞が取り違えたことを幸いと彼は羽を伸ばす。バスビー・バークレーの映画から現れたようなガソリンスタンドの女店員が、実はブルジョワ家庭のお転婆娘だったり、彼女に歌をせがまれた偽者がテナー歌手の従者と一緒に「人間蓄音機」をやったり(見てのお楽しみ)と愉しいアイデアに満ちている。特に素晴らしいのは、ある誤解から警察に捕まった主人公が、自分が本物のテナー歌手であることを証明するために、取調室でヴェルディを唄う場面。伴奏をしていた眼鏡の中年女性が途中から彼と一緒に唄い始める瞬間、こちらも涙してしまう。サークほどの洗練はないが、『アコード・ファイナル』を好きな人は見た方がいい。このドイツ映画にも最良のアメリカ映画のテンポがある。
b)音楽家が生涯に一本だけ撮った映画は素晴らしいに違いないと前々から睨んでいるのだが(この「音楽家」を「俳優」に置き換えることもできる。単に私が『ハネムーン・キラーズ』(レナード・カッスル)と『狩人の夜』(チャールズ・ロートン)を好きだからなのだが)、この作品もそれを実証してくれた。随所に音楽家らしいアイデアが盛り込まれている。危篤状態だった侯爵の枕元で歌を唄った謎の女性(観客はそれが女王の髪結い女であることを知っているが、彼は女王だと誤解する)。女王の姪たちが演奏する調子外れの室内楽(眠りこけている聴衆を目覚めさせる挑発的なヴァイオリン・ソロ)。じゃらんと音を立てる勲章。風邪を引いて洟をすするプロンプター。ヒロインの恋人の作曲家(オッフェンバックの弟子!)のすぐ取れるカフスと丸まった楽譜などなど。何より素晴らしいのは、恋人たちが落ちあう楽譜置き場(「演奏中は大声で話さないように」との注意書き)がオーケストラ・ボックスの地下にあるという空間設定の妙。『今宵こそは』もそうだが、ちょっとジャネット・マクドナルド主演のルビッチ映画を思わせるところのある洒落たミュージカル・コメディ。最後に再登場するオッフェンバックの肖像画もまた良し。

ドイツ・オーストリア映画名作選@NFC
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