ペドロ・コスタ特別講義その2

a)『映画作家ストローブ=ユイレ/あなたの微笑みはどこに隠れたの?』(ペドロ・コスタ
b)『溶岩の家』(ペドロ・コスタ
a) ペドロ・コスタ特別講義の第二日目。とは言え、前の回の『溶岩の家』が超満員で上映開始が大幅に遅れ、急遽、レイトショー(!)で追加上映と相成ったために、講義の時間は40分だけなのだった……(しかも一般の観客とのティーチ・インを兼ねていた)。
ストローブ=ユイレと彼自身との共通点は二つあり、被写体への敬意、メチエへの敬意と要約できる。被写体への敬意とは、道ばたの石ころや木々のざわめきと役者とを同等のものとして尊重することである。メチエへの敬意とはそれらの被写体をいかにして画面に収めるか(レンズの選択、フレーミング等々)を厳密に考え実行することである。逆に演出の面における両者の差異とは、ストローブ=ユイレが撮影のために十分準備をかけ、厳密なスケジュールを組んで、それを実行するのに対し、コスタはまず撮影現場にキャメラを持って乗り込んでみるタイプだという。またストローブ=ユイレはテクストの力を通して役者たちの力能を解き放つが、コスタにとっては役者との人間的な信頼関係を築くことがまず第一にあるという。また両者ともにプロとアマの役者を混ぜて使うことへの好みは共通している。そうすることで思いがけない効果が生じるのだ。
ストローブ=ユイレには映画を見始めた頃にかなり影響を受けたとコスタは言う。そして彼らの映画というのは若者のためのものであり、彼ら自身も常に若々しい。彼らにとっては「古きよき時代」などというものはない(バッハの言葉を借りれば「私の老年時代が青年時代のようでありますように!」)。彼らの映画はニルヴァーナのロックのようなもので、既存の権威に対する止むことのない抵抗と怒りに満ちている。そして彼らは「映画こそが世界を破滅から救うことのできる道具だ」と考えている。なぜなら映画を通して私たちは自分自身について反省し思考を深めることができるからだ。
この後、さらに場所を変えて質疑応答を30分ほど行いますとのアナウンスがアテネの松本さんからあったのだが、条件として「映画を製作していない人」(つまり「撮る」よりも「見る」方に興味がある人)というのがあったので、明日もあることだしレイトショーを観ることにした。
b)この映画については3/6の日記を参照のこと。しかしアテネでレイトショーを観る日が来ようとは思いもしなかった。