Stray Sheep

a)『夏目漱石の三四郎』(中川信夫)★★★★
a)あの登場人物たちのやりとりのユーモア感漂うナンセンスな感じは何だろうと帰りにYくんと話していたら、彼が「ユスターシュ…」と言いかけたので、そうか『ぼくの小さな恋人たち』だとハタと気づく(彼はまたフェイド・アウトのタイミングも似ていると鋭い指摘をしていた)。冒頭の列車の中で見知らぬ女と出会う場面とその後の名古屋での一夜の場面を初めとして全編素晴らしいが、三四郎池で彼が美禰子と初めて出会う場面は吉田喜重の東大PRビデオの同場面の方にやや軍配が上がる(二人の距離が中川版ではやや近すぎると思う)。笠智衆の広田先生もはまり役だが、美禰子の婚約が決まった後に、下宿先の縁側で三四郎と二人で会話をする場面で、笠が林檎の皮を剥いている姿が『晩春』そっくりで可笑しかった(主題的にも娘的な人物を送りだす父親的人物という点で同じだし)。確か原作では三四郎の視点から物語が語られていて、美禰子が「女という謎」として表象されていたはずだが、小説と違い八田尚之のこの脚本では彼女が笠智衆に心情を吐露したりして割と彼女の謎性は薄れていくのだが(八千草薫だし)、彼女が兄に三四郎とのことを冷やかされて、それを一笑に付す夜の室内場面で、ひとりきりになると真顔に戻る彼女の顔のクローズアップの後、彼女の邸宅の外でそうとは知らず室内の明りを見ている寂しげな三四郎の背後からのロングショットに切り替わった時には、やはり中川信夫は凄いと思った。あまりに素晴らしかったので漱石熱が再発し原作を読み返したくなる。傑作。